北野天満宮の本殿と八棟造

要点
4つの部分を合わせて1棟の国宝。造営当時の規模のまま残る桃山の神社建築はここだけ
権現造の日本最古の例でありながら、平面には平安時代以来の伝統も残す
権現造は平面の形式、八棟造は屋根の組み合わせを指す呼び名
三光門には星の彫刻がないともいわれ、「星欠け」として七不思議の一つ
4つの部分を合わせた1棟の国宝
国宝の社殿は、本殿・石の間・拝殿・楽の間の4つの部分を合わせて1棟として指定されています。1897年(明治30年)に重要文化財、1959年(昭和34年)6月27日に国宝に指定され、棟札6枚も附(つけたり)として指定に含まれます。現存する桃山建築のうち、造営当時の規模のまま保存されている神社建築は北野天満宮だけです。
社殿は、今出川通から北へ鳥居・楼門・中門(三光門)をくぐった先にあり、拝殿も本殿も南を向いています。
北野天満宮の国宝社殿の構成
| 部分 | 大きさ(柱間) | 位置と特徴 |
|---|---|---|
| 本殿 | 桁行5間・梁間4間 | いちばん奥(北)。菅原道真をまつる御殿で、西に脇殿が付く |
| 石の間(いしのま) | 桁行3間・梁間1間 | 本殿と拝殿の間。床の低い石畳の間で、2つの建物をつなぐ |
| 拝殿 | 桁行7間・梁間3間、向拝7間 | 手前(南)。祈祷を受けるときは中に昇殿する |
| 楽の間(がくのま) | 東西に1つずつ。桁行は正面2間・背面3間、梁間2間 | 拝殿の東西の両脇。一方の端は入母屋造で、もう一方の端は拝殿につながる |
「八棟造」と呼ばれる屋根
本殿と拝殿はどちらも入母屋造で、その間の石の間には両下造の屋根がかかり、拝殿の正面には千鳥破風(ちどりはふ)、向拝(こうはい)には軒唐破風が付きます。こうした屋根の組み合わせが、いわゆる八棟造(やつむねづくり)の形です。屋根はすべて檜皮葺(ひわだぶき)で、総面積は約500坪あります。
三光門と「星欠け」
楼門と本殿の間に建つ中門は三光門と呼ばれ、本殿と同時に造営された建物で、1898年(明治31年)に重要文化財に指定されました。前後に千鳥破風と軒唐破風を付けた檜皮葺の四脚門で、後西天皇(ごさいてんのう)の宸筆(しんぴつ)による「天満宮」の勅額を掲げています。
三光は日・月・星のことで、門の名は梁の間にあるその彫刻からついています。ただ、星の彫刻は実際には無いともいわれます。星は天に輝く北極星のことで、天皇がこの宮に向かって祈るとき、ちょうど門の真上に北極星が輝いていたからだという話が伝わり、「星欠けの三光門」として天神さんの七不思議に数えられています。楼門からの参道の正面には摂社の地主社が建ち、本殿がその正面からずれて建つ「筋違いの御本殿」も七不思議の一つです。
創建と天神さんの縁日
北野天満宮は菅原道真をまつる全国約1万2000社の天満宮・天神社の総本社で、947年(天暦元年)に創建されました。毎月25日は道真の誕生日と命日にちなむ縁日です。宝物殿は毎月25日とそのほかの期間に限って開館し、国宝の北野天神縁起絵巻(承久本)などを収めています。
もみじ苑と梅苑
境内の西側には、紙屋川に沿って豊臣秀吉が1591年に築いた御土居の一部が残り、約350本のもみじがある「史跡御土居のもみじ苑」になっています。御土居の上から紅葉を見下ろし、下から見上げることができ、国宝の本殿を一望できる展望所や、樹齢400年を超える「三叉のもみじ」もあります。
2026年の秋の公開は10月31日〜12月6日の9時〜16時(最終受付15時40分)で、11月13日からは日没〜20時の夜間ライトアップもあります。入苑料は大人(中学生以上)1,500円・小学生700円(茶菓子付き)、未就学児は無料です。境内には梅50種約1,500本があり、梅苑「花の庭」は例年2月上旬から3月下旬に有料で公開されます。
開門時間と行き方
所在地は上京区馬喰町。境内の拝観は自由(無料)で、開門は7時〜17時、本殿前の三光門は閉門の30分前に閉まります。国宝の社殿はふだん拝殿の前から参拝し、祈祷を受けるとき(受付9時〜16時)は拝殿に昇殿します。
行き方は、市バス「北野天満宮前」下車すぐ(京都駅から50系統で約35分、地下鉄今出川駅から51・203系統で約15分)、または嵐電(京福電車)北野白梅町駅から徒歩約5分です。
この項目のミニクイズ
北野天満宮の中門・三光門に掲げられた「天満宮」の勅額は、どの天皇の宸筆?
現存する桃山建築の神社建築のうち、北野天満宮の国宝の社殿だけに当てはまるのは?
出典・確認情報
内容確認日:2026年10月18日
更新日:2026年10月18日
