寺社・文化財

三十三間堂(蓮華王院本堂)

南北に長く延びる三十三間堂の堂内で、何列にも階段状に並んだ金色の千手観音立像の列が奥まで続き、中央に大きな千手観音坐像が座っている様子の切り絵風イラスト

要点

  1. 建物全体は35間で、両端の庇の間を除いた母屋が33間あることから「三十三間堂」

  2. いまの本堂は、1249年の火災のあと1266年に再建された鎌倉時代の建物

  3. 本尊、千手観音立像1,001体、風神・雷神像、二十八部衆像はすべて国宝

  4. 1月の大的大会と3月3日の春桃会の日は無料で拝観できる

「三十三」という数字

三十三間堂は、天台宗の寺院・蓮華王院の本堂です。「間(けん)」は柱と柱のあいだを数える単位で、本堂の内陣の柱間が33あることから三十三間堂と通称されます。建物全体では桁行(けたゆき)35間ですが、両端の1間ずつは庇(ひさし)の間なので、母屋(もや)として数えると33間になります。

大きさは南北約120m、奥行き22m、高さ16mで、和様の本瓦葺(ほんがわらぶき)の建物です。堂内の中央3間には本尊の千手観音坐像、その左右それぞれ15間には10段の階段状の壇がつくられ、500体ずつの千手観音立像が安置されています。

2016年の発掘調査では、本堂の地下に、土を交互に突き固める「版築(はんちく)」という基礎工事の跡が見つかり、長大な建物が沈まないよう手間をかけた地盤改良が行われていたことが分かりました。

三十三間堂の堂内の配置(模式図)

三十三間堂の本堂を上から見た図。横長の堂の中央に千手観音坐像、その左右に立像の列、両端に庇の間、下側に参拝者の通路がある

平安時代の創建と鎌倉時代の再建

1155年に即位した後白河天皇は、わずか3年で二条天皇に位を譲り、上皇として院政を行いました。その院御所が、いまの東山七条あたりにあった法住寺殿です。蓮華王院は1164年(長寛2年)、この法住寺殿の中に、当時権勢を誇った平清盛の資財協力で造営されました。

清盛の父・平忠盛も1132年に鳥羽上皇のために「得長寿院」という三十三間の堂を建てており、蓮華王院の本堂はその形式を受け継いでいます。当時の京都には3つの三十三間堂がありましたが、ほかの2つは1185年の大地震で倒壊しました。

蓮華王院の本堂も、完成からおよそ80年後の1249年(建長元年)3月、姉小路室町あたりで起きた火事が強風で飛び火して焼けてしまいます。後嵯峨上皇がすぐに再建に着手し、1266年(文永3年)に落慶法要が営まれました。これが現在の本堂です。豊臣秀吉の時代には北隣に方広寺の大仏殿が造営され、お堂はその境内に取り込まれました。このころに築かれた南大門と太閤塀(たいこうべい)は重要文化財です。

堂内に並ぶ国宝の仏像たち

中央の千手観音坐像は像高355cm、桧の寄木造りで、鎌倉時代の再建にあたり大仏師・湛慶(たんけい)が一門を率いて完成させました。左右の千手観音立像1,001体のうち124体は1164年の創建時の像で、ほかは鎌倉時代に16年かけて再興されました。約500体には作者名が残っており、運慶・快慶で知られる慶派のほか、院派・円派の仏師が参加していました。

立像は1935年に重要文化財になり、約50年の修理を終えた2018年にすべてが国宝に指定されました。これを記念して国立博物館に寄託されていた像が本堂に戻り、全像が堂内にそろっています。同じ年、二十八部衆像と風神・雷神像の配置も鎌倉時代の版画などに基づいて本来の状態に戻されました。

風神像と雷神像は後世の風神・雷神のイメージを決定づけた名作として知られ、湛慶が深く関わったと考えられています。建仁寺の俵屋宗達「風神雷神図屏風」にも、同じ二神が描かれています。二十八部衆像は千手観音に従って仏法と信者を守る神々で、28体が一具でそろう珍しい例です。

蓮華王院の国宝一覧

名称数時代国宝指定
蓮華王院本堂(三十三間堂)1棟鎌倉時代1952年3月29日
木造千手観音坐像(湛慶作)1躯鎌倉時代(1251〜1254年)1951年6月9日
木造千手観音立像1,001躯平安〜鎌倉時代2018年10月31日
木造風神・雷神像2躯鎌倉時代1955年2月2日
木造二十八部衆立像28躯鎌倉時代1955年2月2日
所有者はいずれも妙法院。

通し矢と現在の「大的大会」

「通し矢(とおしや)」は、お堂の西縁(にしえん)の南端から120m先まで矢を射通し、その本数を競ったものです。江戸時代に町衆の人気を集めたのが「大矢数(おおやかず)」で、夕方から翌日の同じ時刻まで一昼夜に何本通るかを競い、尾張藩と紀州藩の功名争いで京都の名物行事になりました。

「矢数帳」には江戸時代の試技者の名前、月日、矢数が書きとめられ、最高記録は1686年(貞享3年)4月、紀州の和佐大八郎(わさだいはちろう。試技時18歳と伝わります)の総矢13,053本、通し矢8,133本です。

この通し矢にちなむ弓道大会が、毎年1月中旬の日曜日に行われる「大的大会(おおまとたいかい)」です。全国から約2,000人が参加し、新成人は晴れ着姿で弓を引きます。同じ日に、やなぎの枝で法水を注いで無病息災を祈る「楊枝(やなぎ)のお加持」もあります。

拝観時間と無料公開の日

三十三間堂は東山区三十三間堂廻町657にあり、京都国立博物館の向かいです。市バス「博物館三十三間堂前」で降りるとすぐ(京都駅から100・206・208系統で約10分)、京阪七条駅からは東へ徒歩約7分です。

拝観時間は4月1日〜11月15日が8時30分〜17時、11月16日〜3月31日が9時〜16時で、受付は閉門の30分前まで、年中無休です(2026年10月時点)。拝観料は一般600円、中高生400円、小学生300円です。幼稚園・保育園の遠足は無料です。堂内は土足禁止で、入口に下駄箱があります。

堂内の通路や境内の遊歩道にはスロープがあり、貸し出し用の車椅子や、おむつ交換のできるトイレもあります。1月の大的大会と3月3日の春桃会(もものほうえ)の日は無料公開され、5月14日の五月会(さつきえ)には奥書院や庭園などが無料で公開されます。

この項目のミニクイズ

  1. 蓮華王院の本堂が「三十三間堂」と呼ばれるのはなぜ?

  2. 1164年、後白河上皇が院御所・法住寺殿の中に蓮華王院(三十三間堂)を建てる際、資財を出して造営に協力した人物は?

  3. 毎年1月、三十三間堂で大的大会と同じ日に行われ、法水を注いで無病息災を祈る行事は?

出典・確認情報

内容確認日:2026年10月17日

更新日:2026年10月17日

  1. 蓮華王院 三十三間堂「仏像」
  2. 蓮華王院 三十三間堂「千体千手観音立像」
  3. 蓮華王院 三十三間堂「千手観音坐像」
  4. 蓮華王院 三十三間堂「風神雷神像」
  5. 蓮華王院 三十三間堂「二十八部衆像」
  6. 蓮華王院 三十三間堂「境内」
  7. 蓮華王院 三十三間堂「国宝 本堂」
  8. 蓮華王院 三十三間堂「歴史」
  9. 蓮華王院 三十三間堂「拝観」
  10. 蓮華王院 三十三間堂「楊枝のお加持と大的大会」
  11. 蓮華王院 三十三間堂「年中行事」
  12. 文化庁「文化遺産データベース 蓮華王院本堂(三十三間堂)」
  13. 文化庁「国指定文化財等データベース 木造千手観音立像(蓮華王院本堂安置)」
  14. 文化庁「文化遺産データベース 木造千手観音坐像〈湛慶作/(蓮華王院本堂安置)〉」
  15. 文化庁「文化遺産データベース 木造〈風神/雷神〉像(所在蓮華王院本堂)」
  16. 文化庁「文化遺産データベース 木造二十八部衆立像(所在蓮華王院本堂)」
  17. 京都市埋蔵文化財研究所「リーフレット京都 No.14 三つの三十三間堂」
  18. 京都市埋蔵文化財研究所「リーフレット京都 No.347 三十三間堂の調査」
  19. 京都市「京都市歴史的風致維持向上計画(2期)資料編 別表1 国指定等文化財の一覧」
  20. 京都市観光協会「京都観光Navi 蓮華王院<三十三間堂>」
  21. 京都市観光協会「京都観光Navi 大的全国大会(通し矢)【三十三間堂】」
  22. 京都市観光協会「京都観光Navi エリア別観光情報 三十三間堂・東福寺」
  23. 京都市観光協会「京都観光Navi 平清盛の京を歩く 蓮華王院(三十三間堂)」
  24. 京都国立博物館「交通アクセス」
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