通し矢と大的大会(三十三間堂)
別の表記・呼び方通し矢・大的大会・大的全国大会・三十三間堂大的全国大会・堂射

要点
2026年は1月18日(日)。2027年の日程は2026年11月時点で未発表
今の大的大会では約60m先の的をねらう(2020年の大会)
江戸時代の最高記録は、貞享3年(1686年)に紀州藩の和佐大八郎が通した8,133本
大的大会の日は終日無料公開で、駐車場は終日閉鎖
いつ・どこで――1月15日に近い日曜日
三十三間堂の大的大会と楊枝のお加持は、毎年1月15日に近い日曜日に、同じ日に行われます。2026年は1月18日(日)で、お堂は9時から16時まで開き、受付は15時30分まででした。2027年の日程は、2026年11月時点ではまだ発表されていません。
大的大会は江戸時代の通し矢にちなむ弓道大会で、全国から2,000人を超える人が参加します。新成人の晴れ着姿での競技は、正月の京都の風物詩とされます。お堂そのものの歴史や1,001体の千手観音立像は、三十三間堂の項目にまとめています。
江戸時代の通し矢――西縁の約120mを射通す
通し矢は、本堂の西側の縁を南端から北端まで矢で射通す弓術で、堂射(どうしゃ)とも呼ばれます。射通す長さは66間(約120m)で、縁の幅は約2.2m、天井までの高さは約5mです。お堂の名の「三十三間」は柱と柱のあいだの数で、長さの単位でいう66間とは数え方が違います。
始まりには諸説があります。保元年間(1156〜1159年)の話が最も古いとされますが伝説の域を出ず、天正年間(1573〜1592年)を始まりとする説もあります。残っている中で最初の記録は、慶長11年(1606年)の浅岡平兵衛の51本です。
種目には、決めた本数のうち何本通るかを競う百射・千射、半日のあいだに射る日矢数(小矢数)、夕方から翌日の同じ時刻まで一昼夜射続ける大矢数(おおやかず)がありました。町衆の人気を集めたのは大矢数で、尾張藩と紀州藩が記録を競い合ったことで評判が高まり、京都の名物になりました。その年の最高位の射手は「総一」「弓の天下」などと呼ばれ、名を記した額がお堂に掲げられました。
寛永19年(1642年)には江戸の浅草にも三十三間堂が建てられ(のちに深川へ移転)、京都と並んで通し矢が盛んに行われました。やがて記録が頭打ちになったことや、武士の暮らし向きの悪化、気風の変化などから、通し矢は次第に衰えていきました。
通し矢を射た本堂の西縁
星野勘左衛門と和佐大八郎の記録
尾張藩の星野勘左衛門は大矢数で何度も記録を塗り替え、寛文9年(1669年)5月2日に通し矢8,000本を達成しました。その17年後の貞享3年(1686年)4月、紀州藩の和佐大八郎(わさだいはちろう)が総矢13,053本のうち8,133本を通し、これが最高記録とされます。和佐は試技のとき18歳だったと伝わります。
星野勘左衛門と和佐大八郎の通し矢の記録
| 年月日 | 射手(藩) | 通し矢 | 総矢数 |
|---|---|---|---|
| 万治3年(1660年)4月4日 | 星野勘左衛門(尾張藩) | 5,265本 | 7,772本 |
| 寛文9年(1669年)5月2日 | 星野勘左衛門(尾張藩) | 8,000本 | 10,542本 |
| 貞享3年(1686年)4月 | 和佐大八郎(紀州藩) | 8,133本 | 13,053本 |
今の大的大会――約60m先の大きな的
江戸時代の通し矢が縁の約120mを射通したのに対し、今の大的大会では約60m先の的をねらいます(2020年の大会)。新成人は晴れ着姿で弓を引きます。
普段の拝観料は一般600円、中高生400円、小学生300円です(2026年11月時点)。2026年1月18日の大会の日は、終日無料で公開されました。
楊枝のお加持と当日の混雑
楊枝のお加持は、インド伝来の修法で平安時代からの伝統をもつといわれる、三十三間堂で最も重要な法要とされます。7日のあいだ観音さまに祈願した法水を、聖樹とされるやなぎの枝で参拝者に注ぎ、病を除くとされます。特に頭痛に効くと伝わり、開山の後白河院にゆかりのある法要です。始まりは伝説的ではっきりしませんが、桃山時代にはすでに行われていたと伝わります。
2026年の楊枝のお加持の参拝者は約1万人とされます。当日は混雑をやわらげ安全を保つため駐車場が終日閉鎖され、自転車やバイクは指定の場所に止めます。小さな子ども連れなら、できるだけ公共交通機関を使い、受付終了の時刻に気をつけて出かけると安心です。
行き方
三十三間堂は東山区三十三間堂廻町657にあります。市バス「博物館三十三間堂前」で降りるとすぐで、京阪七条駅から徒歩約7分、JR京都駅から徒歩約15分です。
この項目のミニクイズ
大的大会と同じ日に三十三間堂で営まれる法要では、観音さまに祈願した法水を参拝者に注ぎます。この法水は、特にどんな症状に効くと伝わる?
寛文9年(1669年)、三十三間堂の大矢数で通し矢8,000本を達成した星野勘左衛門は、どの藩の武士?
出典・確認情報
内容確認日:2026年11月8日
更新日:2026年11月8日
- 蓮華王院 三十三間堂「楊枝のお加持と大的大会」
- 蓮華王院 三十三間堂「年中行事」
- 蓮華王院 三十三間堂「令和8年1月18日 楊枝のお加持」(2025年12月14日)
- 蓮華王院 三十三間堂「お知らせ」
- 蓮華王院 三十三間堂「拝観」
- 京都市観光協会 京都観光Navi「大的全国大会(通し矢)【三十三間堂】」(2026年)
- 京都市観光協会 京都観光Navi「楊枝のお加持【三十三間堂】」(2026年)
- 京都府立京都学・歴彩館「『京の記憶アーカイブ』の中から通し矢の資料をご紹介!」(令和3年12月1日)
- コトバンク「通し矢」(デジタル大辞泉・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典・ブリタニカ国際大百科事典ほか)
- コトバンク「星野勘左衛門」(日本大百科全書・デジタル版 日本人名大辞典+Plus)
- 日本経済新聞「新成人、弓の腕前競う 京都・三十三間堂で通し矢」(2020年1月12日)
