平安神宮と内国勧業博覧会

要点
東京奠都で人口が減った京都の立て直しの集大成として、神社・博覧会・紀念祭が1895年に重なった
第4回内国勧業博覧会は1895年に岡崎で開かれ、入場者は113万人を超えた
大極殿・応天門はもとは博覧会の会場施設で、背後に本殿を建てて神社の施設に
大鳥居は高さ24m・幅18m。神苑は七代目小川治兵衛(植治)らの作で国の名勝
京都の立て直しと平安遷都1100年
1869年(明治2年)の事実上の東京奠都(てんと)のあと、京都の人口は約34万人から約23万人に減りました。京都の人々は64の小学校の建設、琵琶湖疏水と蹴上発電所、その電気で走る電車、博覧会の開催などで町の立て直しを進め、その集大成として計画されたのが、平安神宮の創建、第4回内国勧業博覧会、平安遷都千百年紀念祭でした。
1895年は、桓武天皇が大極殿で初めて正月の拝賀を受けた延暦15年(796年)から数えて1100年目にあたります。紀念祭の協賛会が桓武天皇をまつる神社の創建を請願し、平安神宮は1895年3月15日に創建されました。1940年(昭和15年)には、平安京で最後の天皇となった孝明天皇が合わせてまつられています。
第4回内国勧業博覧会
内国勧業博覧会は、明治政府が産業の奨励のために開いた国内の博覧会です。5回のうち第1〜3回は東京・上野、第5回は大阪・天王寺が会場で、第4回は強い誘致運動の結果、紀念祭にあわせて京都に決まりました。
会場の岡崎は当時、水田と蕪菁(かぶら)畑が広がる土地でした。そこに工業館や美術館、動物館などが建ち、1895年4月1日から7月31日までの会期に出品は16万9000点、入場者は113万人を超えました。4月1日には京都電気鉄道が七条停車場(京都駅)から博覧会場を経て南禅寺船溜りまでの約7kmを開業し、会場への足になりました。
跡地には1904年(明治37年)に岡崎公園が開かれ、のちに動物園や美術館、図書館が並ぶ文化地区になりました。1895年4月1日に博覧会場の正門の橋として開通した慶流橋は、今も残っています。
大極殿と応天門の設計
大極殿や応天門は、紀念祭と第4回内国勧業博覧会の会場施設「紀念殿建築」として平安宮の大極殿院を模して計画され、背後に桓武天皇をまつる本殿が建てられて神社の施設になりました。設計は宮内省技師の木子清敬(きこきよよし)と帝国大学大学院生の伊東忠太、施工は清水組で、1895年3月に竣工しました。
手本は江戸時代の裏松固禅(うらまつこぜん)の『大内裏図考証』で、敷地や予算の制約から規模を何度も縮めて実施案に至りました。社殿は朝堂院を約8分の5の規模で再現しています。平安宮の本来の大極殿の中心は、今の千本丸太町交差点付近です。
平安神宮の社殿の配置(模式図)
- 大極殿(外拝殿):平安宮朝堂院の正殿を模した建物。桁行11間(33.3m)、梁間4間(12.1m)
- 応天門(神門):朝堂院の南面の正門を模した、二階建ての大きな門
- 蒼龍楼(東)・白虎楼(西):大極殿から鉤の手に延びる東西の歩廊の先に建つ楼
- 龍尾壇(りゅうびだん):大極殿と応天門の間の前庭を東西に横切る壇
平安神宮の年表
1940年には、本殿や神楽殿・額殿などが増改築されました。神楽殿と額殿は、朝堂院で官人が待機した朝集堂を模した建物です。1976年(昭和51年)には過激派のテロで東西の本殿などが焼け、1979年(昭和54年)4月、焼失前の2棟を1棟にまとめた本殿が再建されました。
岡崎公園に立つ鉄筋コンクリート造の大鳥居は、昭和天皇の即位の大礼を記念したもので、建てられた当時は国内最大でした。
平安神宮と岡崎の年表
| 年月日 | できごと |
|---|---|
| 1890年(明治23年) | 琵琶湖疏水が完成(蹴上発電所は翌1891年に完成) |
| 1893年(明治26年) | 平安遷都千百年紀念祭協賛会が設立。京都市会が神社の造営を議決し、地鎮祭 |
| 1913年(大正2年) | 東神苑が造られ、尚美館・泰平閣が京都御苑から移される |
| 1929年(昭和4年)3月25日 | 大鳥居が完成(高さ24m・幅18m) |
| 1983年(昭和58年)6月1日 | 1895年の社殿が京都市指定有形文化財に |
| 2002年(平成14年)8月21日 | 大鳥居や1940年の社殿などが国の登録有形文化財に |
| 2010年(平成22年)12月24日 | 大極殿・東西歩廊・蒼龍楼・白虎楼・応天門の6棟が国の重要文化財に |
| 2020年(令和2年) | 境内に保存されている京都電気鉄道の電車(京都市交通局二号電車)が国の重要文化財に |
時代祭は紀念祭の余興から始まった
平安遷都千百年紀念祭は、博覧会の会期中に明治天皇を迎えて開く予定が延期され、1895年10月22日から3日間行われました。10月22日は、延暦13年(794年)に桓武天皇が新しい都に入った日です。25日に余興として行われた時代行列が、翌1896年に神幸列を加えて時代祭となり、毎年10月22日の平安神宮の大祭として続いています。
神苑と琵琶湖疏水の水
社殿を囲む神苑は、七代目小川治兵衛(植治)らが手がけた池泉回遊式庭園で、東・中・西・南の4つの庭からなり、1975年に国の名勝になりました。中心は本殿の東側の蒼龍池を囲む中神苑と、西側の白虎池を囲む西神苑です。中神苑の飛び石「臥龍橋(がりゅうきょう)」には、豊臣秀吉が造った三条大橋と五条大橋の橋脚が使われています。
池の水には琵琶湖疏水が使われ、疏水をろ過して取り入れていたため、琵琶湖でほとんど見られなくなったイチモンジタナゴなどの絶滅危惧種が多くすんでいます。
平安神宮の開門時間と神苑の拝観
平安神宮は左京区岡崎西天王町97にあります。地下鉄東西線「東山」駅1番出口から徒歩約10分、京都駅から市バス5系統・100系統で「岡崎公園 美術館・平安神宮前」下車、北へ徒歩約5分です。駐車場はありません。
境内は6時に開門し、閉門は3〜9月が18時、10月が17時30分、11〜2月が17時です(2026年10月時点)。社殿の前の境内は無料でお参りでき、有料なのは境内の中から入る神苑(大人600円、中学生以下300円、園児以下無料)です。神苑には年2回の無料公開日があり、時代祭の10月22日は神苑の受付が9時30分〜11時30分に限られます。ベビーカーでもお参りできますが段差や階段があり、大極殿から本殿へ向けての撮影は禁止されています。
この項目のミニクイズ
1895年、平安神宮は何を記念する祭りに合わせて建てられた?
平安神宮で、平安宮の大極殿を模した建物は、神社の何にあたる?
1895年(明治28年)が「平安遷都千百年」の年とされたのは、どの出来事から数えて1100年目だったから?
出典・確認情報
内容確認日:2026年10月18日
更新日:2026年10月18日
- 平安神宮「由緒・歴史」
- 平安神宮「社殿・境内案内」
- 平安神宮「平安神宮神苑」
- 平安神宮「時代祭」
- 平安神宮「ご参拝の方へ」
- 平安神宮「ご来宮の皆様へ(よくあるご質問)」
- 平安神宮「アクセス」
- 平安神宮「About Heian Jingu」(英語)
- 平安神宮「京都電気鉄道事業、『IEEEマイルストーン』に正式認定!!」(令和8年9月28日)
- 文化庁「国指定文化財等データベース 平安神宮 大極殿」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 平安神宮 東西歩廊(東歩廊)」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 平安神宮 蒼龍楼」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 平安神宮 白虎楼」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 平安神宮 應天門」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 平安神宮大鳥居」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 平安神宮神楽殿」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 平安神宮額殿」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 平安神宮神苑」
- 文化庁 文化遺産オンライン「京都電気鉄道電車(京都市交通局二号電車)」
- 文化庁 文化遺産オンライン「京都岡崎の文化的景観」
- 京都市「都市史29 京都の博覧会」
- 京都市「都市史30 平安遷都千百年紀念祭」
- 京都市観光協会 京都観光Navi「平安神宮」
