七代目小川治兵衛の庭
別の表記・呼び方植治・植治の庭

要点
七代目小川治兵衛は万延元年(1860年)〜昭和8年(1933年)。屋号は「植治」で、乙訓郡神足村(今の長岡京市)の生まれ
無鄰菴は今、京都市が所有している
無鄰菴や南禅寺界隈の別荘の庭は、琵琶湖疏水の水を引いている
無鄰菴は日によって入場料が600〜1,500円と変わり、混む日は予約なしでは入れないことも
作庭家・七代目小川治兵衛(植治)
小川治兵衛(おがわじへえ)は、京都府乙訓郡神足村(こうたりむら。今の長岡京市)に生まれ、明治10年(1877年)に江戸時代中期から続く植木屋・治兵衛の養子となって七代目を継いだ作庭家です。屋号は「植治」。独学で作庭を学び、山縣有朋ら明治の著名人との出会いから新しい庭の考え方を得ました。
植治の庭の特色は、京都が長く育んできた歴史や文化を土台にしながら、近代に生まれた琵琶湖疏水の水を取り入れ、五感で楽しめる庭にした点にあります。無鄰菴では施主の山縣とともに、それまでの日本庭園の定番だった「池」と「苔」を、「流れ」と「芝」に置き換えました。
無鄰菴
無鄰菴は、左京区南禅寺草川町にある明治・大正の政治家・山縣有朋の別荘です。明治27、28年(1894、95年)頃に築造され、約1,000坪の敷地に庭園と母屋・洋館・茶室が建ちます。庭は山縣の指示に基づいて植治がつくり、正面の東山を「主山」として借景にし、東の奥に三段の滝を落として渓流とし、浅く豊かに波打つ流れと水辺の芝生で明るい庭景を生みました。池を海、岩を島に見立てる従来の庭とは違う、自然主義的な新しい庭です。
流れの水は琵琶湖疏水から直接引き入れ、サイフォンの原理で滝口まで持ち上げています。
洋館の2階は、明治36年(1903年)4月21日に山縣有朋・伊藤博文・桂太郎・小村寿太郎の4人が、日露開戦前の対ロシア外交の方針を話し合った「無鄰菴会議」の部屋で、当時の様子が保存されています。名前は、母屋の扁額の「無鄰菴」、名勝指定の官報の「無鄰庵」、常用字体の「無隣庵」と3通りに書かれます。今は京都市の所有です。
南禅寺界隈の別荘群
明治政府の政策で南禅寺の境内の5分の4が国有地になると、疏水の水力を使う工業地帯をつくる計画が立てられました。ところが水力発電で離れた場所へ送電できるようになると、この一帯の景観を守って別荘地にする方針に変わりました。最初の別荘が無鄰菴で、明治30年代以降、払い下げられた南禅寺の旧境内地には植治の庭を持つ邸宅や別荘が数多くつくられました。その建設をプロデュースしたのは塚本与三次(つかもとよさじ)と植治でした。
庭の水は疏水から取り入れ、二次・三次と使われながら園池をめぐったあと、もとの疏水か白川へ戻ります。南禅寺の塔頭・金地院の西隣にある對龍山荘(たいりゅうさんそう)庭園は、明治35〜39年(1902〜06年)の間に今の形に整ったと考えられる庭で、作庭者は植治とみられ、南北二つの水源とも疏水の分水です(昭和63年〈1988年〉に名勝)。こうした別荘庭園群は、平成27年(2015年)に選ばれた重要文化的景観「京都岡崎の文化的景観」でも、疏水が育てた景観の一部として含まれています。南禅寺界隈の別荘庭園で通年公開されているところは少なく、無鄰菴はその一つです。
南禅寺・岡崎周辺の植治の庭と琵琶湖疏水(模式地図)
平安神宮神苑・円山公園・仁和寺
平安神宮神苑は、明治28年(1895年)の平安神宮の創建に伴って築かれた、総面積約33,000㎡(約1万坪)の池泉回遊式庭園です。本殿の東の蒼龍池を中心とする中神苑と、西の白虎池を中心とする西神苑が植治の手になる主体で、南の南神苑と東の東神苑は、植治の構想をもとに後年改修されたものです。
東山区の円山公園は、明治19年(1886年)に公園となった京都市でいちばん古い公園です。明治末期までに園域を広げ、自然の丘陵を生かした渓谷や低地の池、噴水が整えられましたが、その築造を指導したのが植治でした。園内の流れには、昭和50年代まで蹴上から導水管で送られた疏水の水が使われていました。
京都の中心部では、京都府庁旧本館の中庭が植治の作とされ、右京区の仁和寺では、明治末期から昭和初期にかけて整えられた御所庭園の主な部分の整備を植治が請け負いました。
七代目小川治兵衛の主な庭
| 名前 | 場所 | 文化財の種類 | 公開 |
|---|---|---|---|
| 無鄰菴庭園(指定名称は無鄰庵庭園) | 左京区南禅寺草川町 | 名勝(1951年) | 公開 |
| 平安神宮神苑 | 左京区岡崎 | 名勝(1975年) | 公開 |
| 円山公園 | 東山区円山町・祇園町・鷲尾町 | 名勝(1931年) | 京都市の公園 |
| 仁和寺御所庭園 | 右京区(仁和寺の御殿) | 名勝(2021年) | 公開(大人800円、高校生以下無料) |
| 京都府庁旧本館の中庭 | 上京区 | 旧本館の建物が重要文化財 | 無料公開(火〜金曜と第1・3・5土曜) |
無鄰菴の予約と平安神宮神苑の無料公開日
無鄰菴(左京区南禅寺草川町31)は、地下鉄東西線の蹴上駅から徒歩約7分、市バス「神宮道」か「岡崎公園 美術館・平安神宮前」から徒歩約10分です。開場は4〜9月が9時〜18時、10〜3月が9時〜17時で、12月29日〜31日は休みです(2026年10月時点)。入場料はふだん600円、繁忙日は1,000円か1,500円(2026年秋は10月31日〜12月6日が1,500円)。京都市内に住むか市内の学校に通う小・中学生と、小学生未満は無料です。1時間ごとに人数の上限があり、混雑時は予約のない人が入れないこともあるので、日時指定の予約が確実です。
平安神宮神苑は有料の庭で、大人600円、小人300円です。8時30分に開き、閉苑は季節により17時〜18時です(時代祭の10月22日は受付が9時30分〜11時30分)。6月上旬と9月19日の年2回、無料で公開されます。無鄰菴から平安神宮へは、疏水沿いの仁王門通と神宮道を通って1km足らずです。
この項目のミニクイズ
南禅寺の近くにある名勝・無鄰菴(むりんあん)は、明治時代にある政治家が別荘として造らせたものです。その政治家は?
明治19年(1886年)に公園となった京都市でいちばん古い公園で、明治末期までに渓谷や池、噴水が整えられ、その築造を小川治兵衛が指導したのはどこ?
「むりんあん」にはいくつかの書き方があります。昭和26年(1951年)に国の名勝に指定されたとき、官報に記された表記はどれ?
出典・確認情報
内容確認日:2026年10月22日
更新日:2026年10月22日
- 無鄰菴「近代日本庭園の傑作 無鄰菴とは」
- 無鄰菴「有朋・治兵衛について」
- 無鄰菴「庭について」
- 無鄰菴「洋館について」
- 無鄰菴「無鄰菴の表記について」
- 無鄰菴「時間・料金・アクセス」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 無鄰庵庭園」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 平安神宮神苑」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 円山公園」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 對龍山荘庭園」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 仁和寺御所庭園」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 京都岡崎の文化的景観」
- 京都市文化財保護課「京都岡崎の文化的景観」(重要文化的景観選定記念パンフレット)
- 平安神宮「平安神宮神苑」
- 京都市「東山区・区民の誇りの木 エリアA(区民の誇りの木 東山区4 円山公園)」
- 京都市上京区「滋野学区まち歩きマップ 古代より連なる政庁街の系譜、滋野を往く」
- 京都府「旧本館の公開について」
- 仁和寺「拝観・交通案内」
