東本願寺の御影堂と渉成園
別の表記・呼び方真宗本廟・枳殻邸・お東さん

要点
秀吉の命で退いた教如が、家康から寄進された烏丸の地に1602年に開いた寺
江戸時代に4度焼け、全国の門徒が木材や髪の毛の綱を寄進して1895年に両堂を再建
2019年に両堂など6棟が重要文化財になり、2023年には書院や議事堂など14棟が加わった
渉成園は宣如の隠居所に始まる池泉回遊式庭園で、国の名勝
真宗大谷派の本山
東本願寺は浄土真宗「真宗大谷派」の本山で、正式には真宗本廟といいます。親鸞聖人の御真影(ごしんねい)を安置する御影堂と、本尊の阿弥陀如来を安置する阿弥陀堂が並ぶ両堂形式の寺で、京都では「お東さん」と呼ばれています。
本願寺は1591年(天正19年)に豊臣秀吉から寺地を与えられて堀川へ移り、顕如(けんにょ)の没後は三男の准如(じゅんにょ)が継ぎました。これが今の西本願寺(浄土真宗本願寺派の本山)です。一度は跡を継いだ長男の教如(きょうにょ)は秀吉の命で退隠しましたが、その後も活動を続け、慶長7年(1602年)に徳川家康から烏丸六条・七条間の地を寄進されて、1603年に阿弥陀堂、1604年に御影堂を建てました。
4度焼けた両堂
江戸時代の東本願寺は、天明8年(1788年)の京都の大火、文政6年(1823年)の境内からの出火、安政5年(1858年)の京都の大火、元治元年(1864年)の禁門の変と、4度にわたって焼けました。禁門の変(どんどん焼け)の兵火では境内の建物が全焼し、両堂の再建は1895年(明治28年)までかかりました。
再建には全国から約5万本の木材のほか、瓦や礎石、畳が寄進されました。巨大な木材を運ぶ引き綱には、全国の門徒から寄進された髪の毛を麻と撚り合わせた「毛綱(けづな)」が使われ、雪の中で木材を運ぶのに使われたと伝わる大橇(おおぞり)とともに、御影堂と阿弥陀堂をつなぐ渡り廊下に展示されています。
御影堂・阿弥陀堂と2つの門
御影堂は17世紀中ごろ以来の規模と形式を受け継ぐ堂です。正面76m・側面58m・高さ38mで、伝統木造建築として日本最大の平面規模をもち、世界最大級の木造建築ともいわれます。内陣と外陣の畳を合わせると927畳になります。
阿弥陀堂は御影堂の南に並び、正面52m・側面47m・高さ29mです。両堂の前には烏丸通に面してそれぞれ門があり、御影堂門は正面21m・側面13m・高さ27mで、高さでは木造の二重門として日本一といわれます。楼上には「真宗本廟」の額が掲げられています。阿弥陀堂門は前後に唐破風を付けた四脚門で、江戸時代には「唐門」と呼ばれていました。
重要文化財に指定された建物
御影堂・阿弥陀堂・御影堂門・阿弥陀堂門・鐘楼・手水屋形の6棟は、2019年(令和元年)9月30日に重要文化財に指定されました。
2023年(令和5年)9月25日には、大玄関及び大寝殿、亀岡末吉(かめおかすえきち)が設計した白書院・黒書院・菊門、議事堂など14棟が追加で指定されました。同じ日に、武田五一(たけだごいち)が設計した宗主とその子弟の住まい「内事(ないじ)」の3棟も、別の1件として重要文化財になりました。
主な建物の建てた年
| 建物 | 建てた年 |
|---|---|
| 御影堂 | 1895年(明治28年) |
| 阿弥陀堂 | 1895年(明治28年) |
| 御影堂門 | 1911年(明治44年) |
| 阿弥陀堂門 | 1911年(明治44年) |
| 鐘楼 | 1894年(明治27年) |
| 手水屋形 | 1895年(明治28年) |
| 大玄関及び大寝殿 | 1867年(慶応3年) |
| 白書院 | 1911年(明治44年) |
| 黒書院 | 1911年(明治44年) |
| 菊門 | 1911年(明治44年) |
| 議事堂 | 1935年(昭和10年) |
| 内事 洋館(別の1件) | 1923年(大正12年) |
渉成園(枳殻邸)
渉成園(しょうせいえん)は、御影堂門を出て烏丸通を渡り、正面通を東へ数分歩いた先にある東本願寺の飛地境内です。13代宣如(せんにょ)が3代将軍徳川家光から土地の寄進を受け、承応2年(1653年)に退隠したときに隠居所として整え始めたのが始まりです。名は宣如が陶淵明(とうえんめい)の『帰去来辞』の一節から名づけたもので、まわりに枳殻(からたち)を生垣として植えたことから枳殻邸(きこくてい)とも呼ばれます。
約1万600坪の池泉回遊式庭園で、印月池(いんげつち)の中島やほとりに縮遠亭(しゅくえんてい)などの茶室が建ちます。石川丈山の作庭と伝わり、1936年(昭和11年)12月16日に国の名勝に指定されました。この地は左大臣・源融(みなもとのとおる)の六条河原院の跡ともいわれますが、河原院は正面通より北にあったとして関係を否定する説もあります。
開門時間と行き方
東本願寺は下京区烏丸通七条上るにあり、JR京都駅から徒歩7分、地下鉄五条駅から徒歩5分、市バス「烏丸七条」から徒歩1分です。開門は3〜10月が5時50分〜17時30分、11〜2月が6時20分〜16時30分で、開門中は申し込みなしで参拝でき、御影堂・阿弥陀堂の堂内にもお参りできます。9時30分と15時に御影堂門の下から始まる両堂の参拝案内(行わない日もあります)も含めて、費用はかかりません(2026年10月時点)。御影堂門の楼上は通常非公開です。
渉成園(下京区下珠数屋町通間之町東入東玉水町)はJR京都駅から徒歩10分で、入口は西門です。開園は3〜10月が9時〜17時(受付16時30分まで)、11〜2月が9時〜16時(受付15時30分まで)で、年中無休。庭園維持寄付金として大人700円以上・中高生300円以上が求められ、小学生以下は無料です。通常は庭(屋外)だけの見学で、建物の中には入れません。
東本願寺と渉成園の位置(模式地図)
この項目のミニクイズ
東本願寺の御影堂で、堂内の正面中央に御真影が安置されているのはだれ?
明治時代の東本願寺の両堂再建で、門徒から寄進された髪の毛を麻と撚り合わせて作った引き綱「毛綱(けづな)」。いま展示されている場所は?
東本願寺の飛地境内の庭園「渉成園(しょうせいえん)」の名は、中国のある詩人の作品の一節「園日渉而以成趣」から採られました。その詩人は?
出典・確認情報
内容確認日:2026年10月19日
更新日:2026年10月19日
- 文化庁「国指定文化財等データベース 真宗本廟東本願寺 御影堂」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 真宗本廟東本願寺 阿弥陀堂」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 真宗本廟東本願寺 御影堂門」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 真宗本廟東本願寺 阿弥陀堂門」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 真宗本廟東本願寺 鐘楼」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 真宗本廟東本願寺 手水屋形」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 真宗本廟東本願寺 大玄関及び大寝殿」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 真宗本廟東本願寺 白書院」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 真宗本廟東本願寺 黒書院」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 真宗本廟東本願寺 議事堂」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 真宗本廟東本願寺 菊門」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 真宗本廟東本願寺内事 洋館」
- 文化庁「国指定文化財等データベース」(国宝・重要文化財〈建造物〉、真宗本廟で検索)
- 文化庁「国指定文化財等データベース 名勝 渉成園」
- 文化庁「国宝・重要文化財(建造物)の指定について」(令和元年5月17日答申 報道発表)
- 文化庁「国宝・重要文化財(建造物)の指定について」(令和元年5月17日答申 別紙)
- 文化庁「文化審議会の答申(国宝・重要文化財(建造物)の指定)」(令和5年6月23日 報道発表)
- 文化庁「文化審議会の答申(国宝・重要文化財(建造物)の指定)」(令和5年6月23日 別紙)
- 真宗大谷派(東本願寺)「東本願寺について」
- 真宗大谷派(東本願寺)「東本願寺の歴史」
- 真宗大谷派(東本願寺)「境内のみどころ」
- 真宗大谷派(東本願寺)「開門・閉門、アクセス」
- 真宗大谷派(東本願寺)「参拝ツアーに参加する」
- 真宗大谷派(東本願寺)「よくあるご質問」
- 東本願寺 渉成園「渉成園について」
- 東本願寺 渉成園「渉成園の歴史と特徴」
- 東本願寺 渉成園「園内のみどころ」
- 東本願寺 渉成園「参観のご案内」
- 京都市観光協会「京都観光Navi 真宗本廟(東本願寺)」
