寺社・文化財

西本願寺の国宝建築

西本願寺の国宝建築を表す和紙コラージュ風の挿絵。手前の池に三層の楼閣・飛雲閣が映り、横に唐破風の唐門、奥に大きな瓦屋根の御影堂と阿弥陀堂が並び、黄葉した大銀杏の前を小さな親子が歩いている

要点

  1. 桃山時代の3件と江戸時代の4件からなり、御影堂と阿弥陀堂は2014年の指定

  2. 1591年に秀吉の寄進で現在地へ移り、1602年に東本願寺が分かれた

  3. 御影堂は江戸時代の建築で現存最大級、阿弥陀堂は真宗寺院の阿弥陀堂で日本最大級

  4. 境内と御影堂・阿弥陀堂は無料。飛雲閣と北能舞台は通常非公開

桃山の3件と江戸の4件

国の指定名称は「本願寺」で、国宝の建物はすべて同じ境内にあります。桃山時代の建物が3件、江戸前期が3件、江戸後期が1件です。黒書院及び伝廊は2棟で1件なので、棟で数えると8棟になります。

このうち5件は1950年代に国宝になり、御影堂と阿弥陀堂は2014年に加わりました。市内の国宝建造物44件のうち東寺(教王護国寺)と醍醐寺が4件ずつなので、本願寺の7件は1か所でいちばん多い数です。

本願寺(西本願寺)の国宝建造物

指定名称時代・年代棟数国宝指定
本願寺飛雲閣桃山(1573〜1614年)1棟1951年6月9日
本願寺唐門桃山(1573〜1614年)1棟1953年3月31日
本願寺北能舞台桃山(1581年)1棟1953年3月31日
本願寺書院(対面所及び白書院)江戸前期(1618年)1棟1952年11月22日
本願寺黒書院及び伝廊江戸前期(1657年)2棟1956年6月28日
本願寺御影堂江戸前期(1636年)1棟2014年9月18日
本願寺阿弥陀堂江戸後期(1760年)1棟2014年9月18日

1591年の移転と東西の分立

本願寺は1591年(天正19年)、豊臣秀吉から寺地の寄進を受けて現在地に移りました。1602年に徳川家康から烏丸六条の土地を与えられた教如(きょうにょ)が東へ移って東西に分かれ、京都の人は「お西さん」「お東さん」と呼び分けてきました。1617年に建物が焼けたあと再建が進み、1633年ごろにはほぼ今日に近い姿になっていました。

桃山時代の飛雲閣・唐門・北能舞台

飛雲閣(ひうんかく)は、境内東南隅の庭園「滴翠園(てきすいえん)」の池に面して建つ三層の楼閣です。秀吉が1586〜87年ごろに造った聚楽第(じゅらくだい)に建てられ、1595年に聚楽第が壊されたあと寛永年間(1624〜44年)に移されたという話がありますが、詳しいことは分かっていません。名は、柱が細く障子の多い姿を、空に浮かぶ雲に見立てたものだといわれます。

唐門(からもん)は、1618年に御影堂の前から現在地へ移されたとされる四脚門で、前後に唐破風をつけ、豊国神社の唐門と同じ形式です。彫刻と彩色の見事さに日の暮れるのも忘れるほどだとして「日暮門(ひぐらしもん)」とも呼ばれ、2018年6月から2021年9月にかけて修復されました。北能舞台は白書院の北側の前庭にあり、懸魚(げぎょ)に1581年(天正9年)の銘があったとされることから現存最古の能舞台とみられ、舞台や橋掛(はしがかり)の簡素なつくりに江戸時代より前の古い形を伝えています。

書院と黒書院

書院の指定上の年代は1618年(元和4年)で、1633年に位置を西へ移し、向きを90度変える改造を受けています。南側の対面所(鴻の間)は162畳の広間で、上段正面の欄間の鴻(こう)の透かし彫りが名の由来です。北側の白書院の主室「紫明の間」は24畳で、障壁画の多くは渡辺了慶(りょうけい)とその一派の筆とされます。

黒書院は1657年(明暦3年)に建てられ、白書院の北東から伝廊(でんろう)でつながります。公的な対面所に対して内向きの建物とみられ、書院造の格式を保ちながら数寄屋の手法を取り入れ、一の間の裏に六畳の茶室があります。書院の東の枯山水「虎渓の庭」は特別名勝、飛雲閣のある滴翠園は名勝です。

御影堂と阿弥陀堂

御影堂(ごえいどう)は1636年(寛永13年)に上棟した、江戸時代の建築として現存最大級の堂で、東西48m、南北62m、高さ29m。中央に親鸞聖人の木像を安置し、多くの門徒が座れるように外陣(げじん)は約441畳あります。2009年に大修復を終えました。

阿弥陀堂は御影堂の北に建ち、両堂は渡廊下でつながっています。1618年建立の旧堂より大きく建て直された1760年(宝暦10年)の再建で、東西42m、南北45m、高さ25m。真宗寺院の阿弥陀堂としては日本最大級で、各地の真宗本堂の手本になったとされます。2017年8月から2022年3月にかけて修復されました。

世界遺産の構成資産と仏具店が並ぶ寺内町

本願寺は1994年12月に登録された世界文化遺産「古都京都の文化財」17件の一つで、境内は国の史跡でもあります。まわりには、本願寺の移転とともに坊官や商工業者が移り住んでできた寺内町(じないまち)が広がり、仏壇・仏具・法衣の店や参拝者の宿が今も並び、一帯は京都市の「本願寺・東寺界わい景観整備地区」に指定されています。御影堂の前の大銀杏(おおいちょう)は樹齢約400年の市指定の天然記念物で、1788年の天明の大火のときに水を吹いて御影堂を守ったという伝説から「水吹き銀杏」とも呼ばれます。

参拝できる建物と行き方

西本願寺は下京区堀川通花屋町下るにあります。開門は5時30分、閉門は17時です(2026年10月時点)。境内はどなたでも無料で参拝できます。国宝の御影堂と阿弥陀堂は開門中いつでも入れ、毎朝6時からの晨朝(じんじょう)勤行にも無料で参加できます。飛雲閣と北能舞台は通常非公開で、書院と黒書院も自由に入れる建物ではありません。唐門は北小路通から外観を見られます。

行き方は、JR京都駅から徒歩約15分、市バス9・28・75系統「西本願寺前」下車、または京阪バス「西本願寺」下車です。駐車場は北境内地にあり、出入口は花屋町通側です。

西本願寺境内の国宝建築の配置(模式図)

上を北にした西本願寺境内の模式図。東の堀川通沿いに阿弥陀堂門と御影堂門、その西に渡廊下でつながる阿弥陀堂と御影堂。南の北小路通に面して唐門、その北に書院・北能舞台・黒書院、東南隅の滴翠園の池のそばに飛雲閣がある。
濃い色が国宝、薄い色が重要文化財です。

この項目のミニクイズ

  1. 西本願寺の国宝・唐門は、前後に唐破風をつけた四脚門です。同じ形式とされる唐門があるのは?

  2. 現存する最古の能舞台とされる西本願寺の国宝・北能舞台。この舞台を正面から見る座敷(見所)になっている建物は?

  3. 西本願寺の国宝・飛雲閣が池に面して建つ、境内東南隅の庭園は?

出典・確認情報

内容確認日:2026年10月18日

更新日:2026年10月18日

  1. 文化庁「国指定文化財等データベース」(国宝・重要文化財(建造物)、京都府、国宝で検索)
  2. 文化庁「国指定文化財等データベース 本願寺飛雲閣」
  3. 文化庁「国指定文化財等データベース 本願寺唐門」
  4. 文化庁「国指定文化財等データベース 本願寺書院(対面所及び白書院)」
  5. 文化庁「国指定文化財等データベース 本願寺北能舞台」
  6. 文化庁「国指定文化財等データベース 本願寺阿弥陀堂」
  7. 文化庁「国指定文化財等データベース 本願寺御影堂」
  8. 文化庁「国指定文化財等データベース 本願寺黒書院及び伝廊」
  9. 本願寺「境内と建造物」
  10. 本願寺「書院・能舞台」
  11. 本願寺「飛雲閣」
  12. 本願寺「参拝案内」
  13. 本願寺「アクセス」
  14. 京都市観光協会「本願寺(西本願寺)」(京都観光Navi)
  15. 京都府「世界遺産(世界文化遺産) 本願寺(西本願寺)」
  16. 京都市「世界遺産『古都京都の文化財(京都市、宇治市、大津市)』」
  17. 京都市「本願寺(西本願寺)周辺エリア」(歴史的資産周辺の景観プロファイル)
  18. 京都市都市計画局「本願寺・東寺地区の界わい景観整備地区指定について」(平成17年8月22日)
  19. 京都市埋蔵文化財研究所「リーフレット京都 No.90 西本願寺境内の庭園遺構」
  20. 京都市文化財保護課「京都市内文化財件数」(令和8年4月1日現在)
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