寺社・文化財

醍醐寺の国宝

満開の桜に囲まれた細身の五重塔と大きな屋根の金堂、奥の山の頂に小さなお堂が見え、手前を桃山時代の装いの小さな行列が進む様子を描いた和紙コラージュ風の挿絵

要点

  1. 国宝の建物は平安の五重塔・薬師堂から室町の清滝宮拝殿、桃山の表書院・唐門まで時代が幅広い

  2. 境内は国の史跡で、世界遺産「古都京都の文化財」の一つ

  3. 「醍醐寺文書聖教」を94,192点の国宝とする答申が2026年3月に出た

  4. 上醍醐へは女人堂から山道を1時間ほど登り、入山は徒歩だけ

上醍醐と下醍醐

醍醐寺は、山科盆地の東側、笠取(かさとり)の山頂にかけての広い寺域をもち、山頂一帯を上醍醐、山すそを下醍醐と呼びます。聖宝が准胝(じゅんてい)観音と如意輪観音の像をまつって上醍醐に小さな庵を建てたのが始まりで、開創は874年です。山上の湧き水を飲んだ老人が「醍醐味」だとたたえたという縁起が伝わり、その水は醍醐水と呼ばれて今も湧いています。

その後、醍醐天皇の願いで上醍醐に薬師堂や五大堂が建ち、下醍醐にも釈迦堂(今の金堂の前身)が建てられ、朱雀天皇・村上天皇の代に五重塔などが加わって、山上と山下にわたる寺の姿が整いました。境内は国の史跡で、1994年(平成6年)12月には「古都京都の文化財」の一つとして世界遺産に登録されています。

古都京都の文化財と17の構成資産

境内の並び

下醍醐では、西の旧奈良街道に面した総門から東へ参道が延び、参道の北側に三宝院、南側に霊宝館があります。突き当たりの西大門(仁王門。1605年に豊臣秀頼が再建)をくぐると下伽藍で、正面に金堂、その南東に五重塔が建ちます。さらに東へ進んだ女人堂(にょにんどう。成身院)が上醍醐への登山口で、そこから険しい山道を1時間ほど登ると上醍醐に着きます。

醍醐寺の下醍醐・三宝院・上醍醐の位置(模式図)

醍醐寺の配置図。上が北で、総門から東へ延びる参道沿いに三宝院・霊宝館・西大門・金堂・五重塔・女人堂があり、女人堂から山道が上醍醐へ続く。

国宝の建物6件

京都府で最も古い木造建築である五重塔は天暦6年(952年)の完成です。金堂は、前身の釈迦堂が永仁3年(1295年)と文明2年(1470年)に焼けたあと、豊臣秀吉の命で紀州(和歌山県)の湯浅から移された堂で、慶長5年(1600年)に工事を終えました。湯浅で建てられた年は分かっていませんが、主要部は平安時代後期の様式を残しています。

上醍醐の薬師堂は、保安2年(1121年)に建て直しが始まり、保安5年(1124年)に落慶供養が行われた、数少ない平安時代の建物です。上醍醐の清滝宮(せいりゅうぐう)拝殿は永享6年(1434年)に柱を立てた室町時代の拝殿で、急な崖に張り出す懸造(かけづくり)です。三宝院の表書院は慶長3年(1598年)の建物で、桃山時代の書院造の特色をよく表しています。唐門は慶長4年(1599年)に建てられ、二度の移築を経て今の場所に立つ平唐門です。

醍醐寺の国宝の建造物

建物(指定名称)場所国宝の指定日
醍醐寺五重塔下醍醐1951年6月9日
醍醐寺金堂下醍醐1954年3月20日
醍醐寺薬師堂上醍醐1959年6月27日
醍醐寺清滝宮拝殿上醍醐1954年3月20日
三宝院殿堂(表書院)三宝院1954年3月20日
三宝院唐門三宝院1954年3月20日
表書院と唐門の所有者は三宝院です。上醍醐の開山堂・如意輪堂、下醍醐の清瀧宮本殿、三宝院の奥宸殿・純浄観などは重要文化財です。
東寺金堂・三宝院唐門・南禅寺方丈

建物以外の国宝

上醍醐の薬師堂の本尊だった国宝の木造薬師如来及両脇侍像(3躯)は、2001年に保存のため霊宝館へ移され、薬師堂には2012年に新しく造られた三尊がまつられています。ほかにも、五重塔の初重の内部を飾る平安時代の壁画(18面)、2015年に国宝になった木造虚空蔵菩薩立像、鎌倉時代の絹本著色五大尊像・訶梨帝母(かりていも)像・閻魔天像・文殊渡海図などが国宝です。

寺にまとまって伝わる文書と聖教(しょうぎょう)は「醍醐寺文書聖教」として2013年6月19日に国宝になりました(69,393点)。2026年3月26日には、重要文化財の分を統合し、有形文化財を追加して94,192点の国宝とするよう文化審議会が答申しました。官報に告示されると正式な指定になります。

京都市内の国宝の仏像

醍醐の花見と豊太閤花見行列

豊臣秀吉が醍醐で大がかりな花見を催したのは、慶長3年(1598年)の春です。このとき畿内から集めた桜700本を植え、三宝院の建物と庭を造りました。花見に加わったのは、秀頼や北政所、淀をはじめとする女房衆1,300人余りといわれます。下見はその前年の慶長2年(1597年)で、秀吉は徳川家康とともに上醍醐まで登り、当時の座主・義演がそのことを日記に書き留めています。秀吉は花見を催した年の夏に世を去り、秋の紅葉狩りは果たせないままに終わりました。

三宝院庭園は、秀吉が花見に際して自ら基本の設計をした庭で、国の特別史跡・特別名勝です。醍醐の花見にならい、例年4月第2日曜日に「豊太閤花見行列」が開かれます。

交通と拝観料

醍醐寺の住所は伏見区醍醐東大路町22です。地下鉄東西線の醍醐駅2番出口から徒歩約10分で、京阪バス22・22A系統の「醍醐寺前」でも降りられます。拝観時間は3月1日〜12月第1日曜日が9時〜17時、それ以外の冬期が9時〜16時30分で、受付は閉門の30分前までです(2026年10月時点)。拝観券は三宝院の受付で買います。

有料の拝観区域は三宝院・伽藍(下醍醐)・霊宝館の3か所で、料金は春期と通常期で変わります。霊宝館では春と秋に特別展が開かれます。

  • 通常期(4月20日〜翌年3月19日):3か所共通券は大人1,500円・中高生1,000円、2か所は1,000円・700円、1か所は600円・400円
  • 春期(3月20日〜4月第3日曜日):3か所共通券は大人1,800円・中高生1,300円、1か所は800円・600円
  • 小学生以下は無料。障がい者の証明を持参した人と付き添い1人も無料
  • 三宝院御殿の特別拝観:大人・中高生500円
  • 上醍醐:徒歩でのみ入山でき、受付は夏期9時〜15時・冬期9時〜14時。17時までに麓へ下りる
子どもと無料で見られる京都の文化財

この項目のミニクイズ

  1. 慶長3年(1598年)の春、豊臣秀吉が醍醐寺で開いた盛大な催しはどれ?

  2. 醍醐寺の国宝の金堂は、豊臣秀吉の命でよそから移された建物です。もとはどこにあった?

  3. 上醍醐の薬師堂の本尊だった国宝の薬師三尊像は、保存のため平成13年(2001年)にどこへ移された?

出典・確認情報

内容確認日:2026年10月22日

更新日:2026年10月22日

  1. 醍醐寺「歴史 / 縁起 / 祖師」
  2. 醍醐寺「寺宝/文化財」
  3. 醍醐寺「伽藍」
  4. 醍醐寺「上醍醐」
  5. 醍醐寺「三宝院」
  6. 醍醐寺「霊宝館」
  7. 醍醐寺「境内案内」
  8. 醍醐寺「豊太閤花見行列」
  9. 醍醐寺「秀吉が果たせなかったモミジ狩りの名所」
  10. 醍醐寺「拝観時間 / 料金」
  11. 醍醐寺「交通案内」
  12. 文化庁「国指定文化財等データベース 醍醐寺五重塔」
  13. 文化庁「国指定文化財等データベース 醍醐寺金堂」
  14. 文化庁「国指定文化財等データベース 醍醐寺薬師堂」
  15. 文化庁「国指定文化財等データベース 醍醐寺清滝宮拝殿」
  16. 文化庁「国指定文化財等データベース 三宝院殿堂(表書院)」
  17. 文化庁「国指定文化財等データベース 三宝院唐門」
  18. 文化庁「国指定文化財等データベース 醍醐寺文書聖教」
  19. 文化庁「国指定文化財等データベース 木造薬師如来及両脇侍像(薬師堂安置)」
  20. 文化庁「国指定文化財等データベース 五重塔初重壁画(板絵著色)」
  21. 文化庁「国指定文化財等データベース 木造虚空蔵菩薩立像」(醍醐寺)
  22. 文化庁「国指定文化財等データベース 絹本著色五大尊像」(醍醐寺)
  23. 文化庁「国指定文化財等データベース 絹本著色訶梨帝母像」
  24. 文化庁「国指定文化財等データベース 絹本著色文殊渡海図」
  25. 文化庁「国指定文化財等データベース 絹本著色閻魔天像」
  26. 文化庁「国指定文化財等データベース 醍醐寺境内」
  27. 文化庁「国指定文化財等データベース 醍醐寺三宝院庭園」
  28. 文化庁「文化審議会の答申(国宝・重要文化財(美術工芸品)の指定等)」(令和8年3月26日)
  29. 文化庁「文化審議会の答申 I.答申内容」(令和8年3月26日)
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