歴史・人物

同志社の赤れんがと冷泉家住宅

京都・今出川通の北側の挿絵。左に尖塔のある赤れんがの洋館と円い窓のある小さな礼拝堂が並び、右には瓦屋根の公家屋敷の門と土塀が続く。手前の通りの向こうには御苑の木々が見え、小さな親子が歩いている。

要点

  1. 同志社の赤れんが校舎は、門が開いている間に外観を見て歩ける。ハリス理化学館はギャラリーとして中も見られる

  2. 公家町が京都御苑に整えられるなか、冷泉家住宅だけがもとの土地に残った。ふだんは非公開

  3. 今出川キャンパスは、明治9年(1876年)に同志社英学校が薩摩藩邸の跡へ移ってきたのが始まり

  4. 冷泉家時雨亭文庫は藤原定家の日記『明月記』の自筆本など国宝5件を持つ

御苑の北に並ぶ校舎と公家屋敷

地下鉄烏丸線の今出川駅がある烏丸今出川の交差点から東へ、今出川通の北側が同志社大学の今出川キャンパスです。通りの南側は京都御苑で、キャンパスの北には相国寺(しょうこくじ)の境内が接しています。冷泉家(れいぜいけ)住宅はキャンパスのなかほどで今出川通に面し、西・北・東の三方を同志社の敷地に囲まれています。すぐ北にハリス理化学館、東隣に有終館が建ちます。

烏丸通をはさんだ西側、今出川通・上立売通・室町通に囲まれたあたりは足利義満の室町殿(花の御所)の跡で、いまは同志社の室町キャンパスがあります。

今出川通烏丸東入のまわり(同志社・冷泉家住宅・相国寺・京都御苑)

今出川通の北側に同志社今出川キャンパスと冷泉家住宅、その北に相国寺、通りの南に京都御苑、烏丸通の西に花の御所(室町殿)跡を描いた地図。キャンパスの中の点は赤れんがの5棟、烏丸今出川の角は地下鉄今出川駅。
南北方向は縮めて描いています。

寺町丸太町での開校と今出川への移転

明治8年(1875年)11月29日、新島襄(にいじまじょう)は寺町通丸太町上ルの高松保実邸の半分を借りた校舎で同志社英学校を開きました。教員は新島と宣教師J.D.デイヴィスの2人、生徒は8人でした。翌明治9年(1876年)9月、御所の北側、相国寺の門前にあった薩摩藩邸の跡に木造の校舎2棟と食堂1棟を建てて移ったのが、今出川キャンパスの始まりです。

赤れんがの5棟

同志社の5棟は、明治17年(1884年)の彰栄館(しょうえいかん)から明治27年(1894年)のクラーク記念館まで、約10年の間に順に建てられました。彰栄館・礼拝堂・有終館(ゆうしゅうかん)はアメリカ人、ハリス理化学館はイギリス人、クラーク記念館はドイツ人の設計です。国の指定名称は「同志社(旧英学校、神学校及び波理須理科学校)」です。

彰栄館は京都市内に現存する最古の煉瓦造建築で、外観は洋風でも、内部の間仕切壁や小屋組(こやぐみ)は純和風です。礼拝堂(チャペル)は、プロテスタントの煉瓦造チャペルとしては日本に現存する最古の建物で、正面中央の円いバラ窓と尖りアーチの入口にゴシック建築の特徴が見られます。

有終館は同志社最初の図書館(もとは「書籍館」)、ハリス理化学館はJ.N.ハリスの寄付によるハリス理化学校の校舎、クラーク記念館はB.W.クラーク夫妻の寄付による「クラーク神学館」でした。

同志社と冷泉家住宅の重要文化財の建物

名称建てた年設計指定年
彰栄館(同志社)明治17年(1884年)D.C.グリーン昭和54年(1979年)
礼拝堂(同志社)明治19年(1886年)D.C.グリーン昭和38年(1963年)
有終館(同志社)明治20年(1887年)D.C.グリーン昭和54年(1979年)
ハリス理化学館(同志社)明治23年(1890年)A.N.ハンセル昭和54年(1979年)
クラーク記念館(同志社)明治27年(1894年)R.ゼール昭和54年(1979年)
冷泉家住宅 座敷及び台所寛政2年(1790年)—昭和57年(1982年)
冷泉家住宅 御文庫(おぶんこ)江戸時代中期—昭和57年(1982年)
冷泉家住宅 台所蔵江戸時代中期—昭和57年(1982年)
冷泉家住宅 表門寛政2年(1790年)—昭和57年(1982年)
クラーク記念館の開館は明治27年(1894年)1月30日。

冷泉家住宅

冷泉家は藤原定家の孫を祖とする和歌の家で、元和年間(1615〜1624年)から御所の北側にあたる今の場所に屋敷を構えてきました。いまの建物は寛政2年(1790年)に再建されたもので、座敷と台所を別棟にし、正面に大きな式台(しきだい)を設けて、脇に立蔀(たてじとみ)や供待(ともまち)、塀重門(へいじゅうもん)を備えた構えや、表向きと奥向きを前後に分けた間取りに、公家住宅の特色がよく表れています。

御所のまわりの公家町は、明治2年(1869年)の東京遷幸に伴って多くの公家が東京へ移ると急速に荒れ、屋敷は撤去されて、いまの京都御苑に整えられました。そのなかで冷泉家住宅は、もとの土地で保存されているこの種の住宅としては唯一の例で、土地を含めて重要文化財に指定されています。

時雨亭文庫

冷泉家に伝わる典籍と古文書は、和歌に関するものを中心に数万点にのぼります。これらと屋敷、歌会などの行事を守り伝えるため、昭和56年(1981年)4月に財団法人冷泉家時雨亭文庫(しぐれていぶんこ)がつくられ、平成23年(2011年)4月に公益財団法人になりました。

国宝は5件です。藤原定家が書写した『古今和歌集』(嘉禄2年〈1226年〉)と『後撰和歌集』(天福2年〈1234年〉)、定家の父・藤原俊成の歌論書『古来風躰抄(こらいふうていしょう)』、『拾遺愚草(しゅういぐそう)』の自筆本、定家の日記『明月記(めいげつき)』の自筆本です。『明月記』は源平の争乱から承久の乱のあとまでの宮廷や武家の動きを記し、鎌倉時代前期を知る第一級の史料です。

今出川駅からの行き方と見学

同志社今出川キャンパスは地下鉄烏丸線の今出川駅から徒歩1分、市バスの烏丸今出川から徒歩1分、京阪の出町柳駅から徒歩15分です。

  • 同志社のキャンパス:門が開いている間は自由に見学でき、30人未満なら申し込みは要りません。夏季休暇中や年末年始など正門と西門が閉まっているときは入れません。自由散策では重要文化財の建物には入れず、外観を見る形です。
  • キャンパスツアー:学生ガイドが重要文化財の5棟を中心に案内する定期ツアーが土曜にあります(事前予約制、建物は外観のみ)。
  • ハリス理化学館同志社ギャラリー:重要文化財のハリス理化学館の中が同志社の歴史と新島襄を紹介する展示施設で、入場無料です。10時〜17時(最終入館16時30分)。月曜・祝日・日曜(企画展の期間中は開館)、ゴールデンウィークと夏期・冬期休暇の一部は休館。今出川駅3番出口からすぐです。
  • 冷泉家住宅:ふだんは非公開です。

この項目のミニクイズ

  1. 明治8年(1875年)、京都で同志社英学校を開いた人物は?

  2. 冷泉家に自筆本が伝わる藤原定家の日記『明月記』(国宝)が記している時代は?

  3. 同志社の重要文化財の煉瓦造5棟のうち、ドイツ人の設計による建物はどれ?

出典・確認情報

内容確認日:2026年10月22日

更新日:2026年10月22日

  1. 文化庁 国指定文化財等データベース「同志社(旧英学校、神学校及び波理須理科学校)彰栄館」
  2. 文化庁 国指定文化財等データベース「同志社(旧英学校、神学校及び波理須理科学校)礼拝堂」
  3. 文化庁 国指定文化財等データベース「同志社(旧英学校、神学校及び波理須理科学校)有終館」
  4. 文化庁 国指定文化財等データベース「同志社(旧英学校、神学校及び波理須理科学校)ハリス理化学館」
  5. 文化庁 国指定文化財等データベース「同志社(旧英学校、神学校及び波理須理科学校)クラーク記念館」
  6. 文化庁 国指定文化財等データベース「冷泉家住宅 座敷及び台所」
  7. 文化庁 国指定文化財等データベース「冷泉家住宅 御文庫」
  8. 文化庁 国指定文化財等データベース「冷泉家住宅 台所蔵」
  9. 文化庁 国指定文化財等データベース「冷泉家住宅 表門」
  10. 文化庁 国指定文化財等データベース「古今和歌集〈藤原定家筆〉」
  11. 文化庁 国指定文化財等データベース「後撰和歌集〈藤原定家筆〉」
  12. 文化庁 国指定文化財等データベース「古来風躰抄〈上下(初撰本)/自筆本〉」
  13. 文化庁 国指定文化財等データベース「拾遺愚草〈上中下/自筆本〉」
  14. 文化庁 国指定文化財等データベース「明月記〈自筆本〉」
  15. 公益財団法人冷泉家時雨亭文庫「冷泉家とは・財団概要・理事長あいさつ」
  16. 同志社大学「建物紹介」
  17. 同志社大学「今出川校地」
  18. 同志社大学「年表 〜新島襄の誕生から現在まで〜」
  19. 同志社大学「建学の精神と新島襄」
  20. 同志社大学「キャンパスツアー紹介」
  21. 同志社大学「今出川校地 自由散策」
  22. 同志社大学「交通アクセス」
  23. ハリス理化学館同志社ギャラリー「開館時間・料金」
  24. ハリス理化学館同志社ギャラリー「アクセスマップ」
  25. 環境省 京都御苑「京都御苑の歴史」
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