神護寺と「伝源頼朝像」

要点
作者は藤原隆信と伝わるが、隆信の没後、13世紀の作とする見方もある
1995年に像主を足利直義とする説が出され、神護寺は頼朝の可能性が高いとして反論している
三像のほか、本尊の薬師如来立像や現存最古の両界曼荼羅「高雄曼荼羅」も国宝
寺宝は像ごとに公開の時期が違い、伝頼朝像・伝重盛像は5月初め、国宝の梵鐘は常時非公開
和気清麻呂の高雄山寺から
神護寺は、京都の北郊、紅葉の名所として知られる高雄(たかお)にある真言宗の寺です。始まりは和気清麻呂(わけのきよまろ)が天応元年(781年)に建てた高雄山寺で、もとは和気氏の氏寺でした。
唐から帰国した空海(弘法大師)はこの寺を活動の拠点とし、大同4年(809年)から14年間住持を務めました。そのため神護寺は真言密教の出発点と位置づけられ、天長元年(824年)に正式に密教の寺になりました。空海の筆による弘仁3年(812年)の「灌頂暦名(かんじょうれきみょう)」も国宝として伝わります。
その後、寺は荒れましたが、平安時代の末に文覚(もんがく)上人が再興しました。鎌倉時代の「文覚四十五箇条起請文(もんがくしじゅうごかじょうきしょうもん)」も国宝です。
3幅の「神護寺三像」
神護寺には、3人の貴人を描いた肖像画が伝わります。国宝としての名称は「絹本著色伝源頼朝像」「絹本著色伝平重盛像」「絹本著色伝藤原光能像」で、いずれも絹に色を付けて描いた鎌倉時代の作品です。3幅を合わせて「神護寺三像」と呼びます。
伝源頼朝像と伝平重盛像は、どちらも束帯(そくたい)姿で笏(しゃく)を手にし、剣を帯びて座る姿です。伝源頼朝像は鎌倉幕府の初代将軍・源頼朝の肖像として広く知られてきました。平重盛は平清盛の長男で、保元・平治の乱で活躍した人物です。
像主をめぐる直義説と頼朝説
3幅は、歌人で画家でもあった藤原隆信(ふじわらのたかのぶ)が12世紀末までに描いたと伝えられてきました。しかし1980年代後半から、主に美術史の立場で、隆信が亡くなった元久2年(1205年)より後の13世紀の作ではないかという疑いが出されていました。
1995年には美術史学者の米倉迪夫(よねくらみちお)氏が、伝源頼朝像に描かれているのは、室町幕府を開いた足利尊氏の弟・足利直義(ただよし)だとする説を発表しました。画風や題材、彩色の技法を調べ、冠が鎌倉時代末期以降のものだとしたうえで、康永4年(1345年)4月付の直義の文書に、神護寺に二つの画像を納めたと記されていることに注目したものです。この説では、伝源頼朝像は直義、伝平重盛像は兄の尊氏の像である可能性が高いと考えます。
これに対して神護寺は、別の美術史家などの見方を挙げて、像主は頼朝の可能性が高いと反論しています。国の指定名称は今も「伝源頼朝像」のままです。2024年の東京国立博物館の特別展でも、「伝源頼朝像」の名で鎌倉時代・13世紀の作品として展示されました。
神護寺のほかの国宝
本尊の木造薬師如来立像(平安時代・8〜9世紀)は、神護寺の前身の寺にまつられていた像で、平安時代初めの彫刻の最高傑作ともいわれます。多宝塔の木造五大虚空蔵菩薩坐像は、空海の後を継いだ真済(しんぜい)の代に安置された5体で、仁明天皇の御願とされます。日本でつくられた五体そろいの作例としては、現存最古のものです。
紫綾金銀泥絵両界曼荼羅図(高雄曼荼羅)は4メートル四方の大きさの両界曼荼羅です。空海の在世中に制作された現存最古の両界曼荼羅で、江戸時代以来およそ230年ぶりの修理を終えています。梵鐘は貞観17年(875年)の銘をもつ「三絶の鐘」です。このほか、真言宗の灌頂の儀式に調度として使われた絹本著色山水屏風(鎌倉時代初めごろ)、平安時代の絹本著色釈迦如来像なども国宝です。
神護寺の国宝(美術工芸品)
| 名称(指定名称) | 種別 | 時代 | 国宝指定日 |
|---|---|---|---|
| 木造薬師如来立像(本堂安置) | 彫刻 | 平安 | 1951年6月9日 |
| 絹本著色伝源頼朝像・絹本著色伝平重盛像・絹本著色伝藤原光能像(各1幅) | 絵画 | 鎌倉 | 1951年6月9日 |
| 潅頂歴名〈弘法大師筆〉 | 古文書 | 平安 | 1951年6月9日 |
| 木造五大虚空蔵菩薩坐像(多宝塔安置) | 彫刻 | 平安 | 1952年3月29日 |
| 絹本著色釈迦如来像 | 絵画 | 平安 | 1952年3月29日 |
| 梵鐘 | 工芸品 | 平安 | 1952年3月29日 |
| 紫綾金銀泥絵両界曼荼羅図(高雄曼荼羅) | 絵画 | 平安 | 1954年3月20日 |
| 文覚四十五箇条起請文〈藤原忠親筆〉 | 古文書 | 鎌倉 | 1954年3月20日 |
| 絹本著色山水屏風(六曲屏風) | 絵画 | 鎌倉 | 1967年6月15日 |
神護寺への行き方と寺宝の公開日
神護寺は右京区梅ヶ畑高雄町5にあり、JRバスまたは市バスの「高雄」で降りて徒歩約20分です。拝観時間は9時〜16時で、拝観は有料です(2026年10月時点)。
寺宝はそれぞれ公開の期間が決まっています。日程は年によって変わることがあるので、出かける前に寺に確かめてください。
- 伝源頼朝像・伝平重盛像:5月1日〜5日に特別公開
- 五大虚空蔵菩薩坐像(多宝塔):春は5月13日〜15日、秋は10月の三連休に御開帳。10時〜15時
- 板彫弘法大師像(大師堂の本尊、重要文化財):11月1日〜7日に特別御開帳
- 国宝の梵鐘:常時非公開
この項目のミニクイズ
神護寺に伝わる国宝の肖像画は、「伝源頼朝像」とあと2幅を合わせて「神護寺三像」と呼ばれます。残りの2幅はどれ?
国宝「伝源頼朝像」の像主を足利直義とする1995年の説で、根拠の一つとされた康永4年(1345年)の直義の文書に記されていたことは?
荒れていた神護寺を、平安時代の末に再興した僧は?
出典・確認情報
内容確認日:2026年10月22日
更新日:2026年10月22日
- 文化庁「国指定文化財等データベース 絹本著色伝源頼朝像」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 木造薬師如来立像(本堂安置)」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 木造五大虚空蔵菩薩坐像(多宝塔安置)」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 紫綾金銀泥絵両界曼荼羅図(高雄曼荼羅)」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 絹本著色釈迦如来像」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 潅頂歴名〈弘法大師筆〉」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 文覚四十五箇条起請文〈藤原忠親筆〉」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 絹本著色山水屏風」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 梵鐘(神護寺)」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 神護寺大師堂」
- 東京国立博物館(創建1200年記念特別展「神護寺」)
- nippon.com「源頼朝の肖像画:『教科書で見た頼朝像は別人』説を追った」(2022年2月27日)
- 京都市観光協会 京都観光Navi「神護寺」
