寺社・文化財

永観堂(禅林寺)の「みかえり阿弥陀」

別の表記・呼び方見返り阿弥陀

金色の小さな阿弥陀如来の立像が、顔を左肩越しに後ろへ向けて振り返っている姿を、紅葉した楓の枝と山あいのお堂を背景に描いた和紙コラージュ風の挿絵。像の後ろの足もとには、小さく簡略化した僧が手を合わせて歩いている

要点

  1. 正式名は聖衆来迎山 無量寿院 禅林寺。今は浄土宗西山禅林寺派の総本山

  2. 通称は「えいかんどう」、名のもとの僧・永観は「ようかん」

  3. 本尊は左を振り返る姿の阿弥陀如来立像(重要文化財、像高77cm)

  4. 寺宝の大半は博物館に寄託され、寺では秋の寺宝展で一部を公開

正式名は禅林寺

永観堂は通称で、寺の正式な名乗りは聖衆来迎山(しょうじゅらいこうざん)無量寿院(むりょうじゅいん)禅林寺です。仁寿3年(853年)、空海(弘法大師)の弟子の真紹(しんじょう)が藤原関雄の山荘を買い取って寺地とし、貞観5年(863年)に清和天皇から「禅林寺」の勅額を受けて寺名が定まりました。

真紹は真言宗の僧で、禅林寺は真言密教の道場として始まりました。延久4年(1072年)に第7世の永観が入ってからは奈良の三論宗系の浄土教の色が強まり、鎌倉時代初めの静遍(じょうへん)のころに浄土宗の寺になりました。その後は法然の高弟・証空の流れをくむ浄土宗西山派の寺として続き、1919年(大正8年)に西山禅林寺派として分かれて、今はその総本山です。

文永元年(1264年)には後嵯峨院が禅林寺の南部に離宮の禅林寺殿を造り、正応4年(1291年)に亀山法皇がこの離宮を寺として南禅寺を開きました。応仁の乱では全山が被災し、文明4年(1472年)ごろから明応6年(1497年)ごろにかけて堂舎が復興されました。

応仁の乱と西陣の名前

「えいかんどう」と「ようかん」

通称「永観堂」は「えいかんどう」と読みますが、名のもとになった第7世の永観(1033〜1111年)を、寺は「ようかん」と読んでいます。同じ字でも、寺の呼び名と僧の名とで読みが分かれます。

永観は三論宗の学僧として名を知られましたが、地位を捨てて禅林寺に隠れ住み、18歳から日課として一万遍の念仏を唱え、のちには六万遍を唱えたといわれます。承徳元年(1097年)には寺の中に薬王院を建てて施療所を設け、境内の梅の実を貧しい人に施す「悲田梅」を育てました。当時の寺域は、南は粟田口から北は鹿ケ谷まで東山沿いに広がっていました。

本尊のみかえり阿弥陀

永保2年(1082年)2月15日の明け方、永観が阿弥陀像のまわりを念仏を唱えながら回る行道(ぎょうどう)をしていると、阿弥陀が壇を下りて永観を先導し、左肩越しに振り返って「永観、おそし」と声をかけたと伝わります。

国の指定名称は「木造阿弥陀如来立像(見返り阿弥陀)」で、重要文化財です。頭部を左に向け、体も少し左に傾け、左ひざを軽く曲げて左足先をわずかに前に出して立つ、ふつうの阿弥陀像とは異なる姿です。12世紀後半の作と推定され、見返り阿弥陀の彫刻では国内で最も古い作例です。像高は77cmです。

本尊をまつる阿弥陀堂は、慶長12年(1607年)に浪花(大坂)から移されたお堂です。

禅林寺の文化財

禅林寺が所有する国の文化財は、国宝2件と重要文化財16件です。本尊を除く文化財の大半は国公立の博物館に寄託・収蔵され、ふだんの拝観で見られるのは「竹虎図」などの襖絵です。建物では、境内の阿弥陀堂・釈迦堂・納骨堂・鐘楼・勅使門・中門が2005年(平成17年)に京都府の指定文化財になっています。

禅林寺(永観堂)が所有する国宝・重要文化財

名称(指定名称)種別時代指定
絹本著色山越阿弥陀図絵画鎌倉国宝(1957年2月19日)
金銅蓮花文磬工芸品平安国宝(1953年3月31日)
木造阿弥陀如来立像(見返り阿弥陀)彫刻平安重要文化財(1999年6月7日)
絹本著色来迎阿弥陀如来像絵画鎌倉重要文化財(1907年5月27日)
絹本著色十六羅漢像(16幅)絵画鎌倉重要文化財(1907年5月27日)
絹本著色仏涅槃図絵画南北朝重要文化財(1903年4月15日)
絹本著色釈迦如来像・絹本著色十大弟子像(3幅)絵画高麗〜鎌倉重要文化財(1901年3月27日)
紙本淡彩釈迦三尊像(伝狩野元信筆)絵画室町重要文化財(1898年8月1日)
紙本著色融通念仏縁起(伝土佐光信筆、2巻)絵画室町重要文化財(1900年4月7日)
絹本金彩阿弥陀二十五菩薩来迎図絵画南北朝重要文化財(1908年4月23日)
二十五菩薩来迎図絵扉(善導大師厨子扉、12枚)絵画南北朝重要文化財(1908年4月23日)
絹本著色十界図(2幅)絵画鎌倉重要文化財(1908年4月23日)
絹本著色薬師如来像絵画鎌倉重要文化財(1908年4月23日)
絹本著色釈迦十六善神像絵画鎌倉重要文化財(1908年4月23日)
紙本墨画波涛図(12幅)絵画桃山重要文化財(1908年4月23日)
紙本墨書當麻曼荼羅縁起書跡・典籍鎌倉(1262年)重要文化財(1916年5月24日)
絹本著色当麻曼荼羅図絵画鎌倉(1302年)重要文化財(1958年2月8日)
融通念仏勧進帳(文安四年三月、金銀泥下絵料紙)古文書室町(1447年)重要文化財(2001年6月22日)
1950年より前の日付は旧国宝として指定された日で、今は重要文化財の指定日として扱われます。紙本墨画波涛図は長谷川等伯の筆と伝わります。
国宝・重要文化財・登録有形文化財・市指定の違い

「モミジの永観堂」と秋の寺宝展

永観堂は「モミジの永観堂」と呼ばれてきた紅葉の名所で、毎年秋に「秋の寺宝展」を開き、寺宝の一部を公開しています。2026年(令和8年)は11月11日〜12月6日で、二十五菩薩来迎図・十界図・當麻曼荼羅縁起(いずれも重要文化財)など、寺に伝わる浄土系の美術が並びます。

11月20日〜12月6日には夜のライトアップ(受付17時30分〜20時30分)もあり、阿弥陀堂と庭園を拝観できます。寺宝展とライトアップは入れ替え制で、続けて拝観することはできません。期間中は臥龍廊(がりゅうろう)が通行止め、千佛堂が閉鎖になり、自家用車では乗り入れできません。

永観堂への行き方と拝観料

永観堂は左京区永観堂町48にあります。JR京都駅や京阪三条駅から市バス5系統で「南禅寺・永観堂道」下車、徒歩約3分です。地下鉄東西線の蹴上駅からは徒歩約15分、京阪神宮丸太町駅から市バス204・93系統で「東天王町」下車なら徒歩約8分です。

秋の寺宝展の期間以外は年中無休です。受付は9時〜16時(17時閉門)で、寺宝展の期間も同じです(2026年10月時点)。拝観できるのは諸堂と庭園で、阿弥陀堂の本尊にも参拝できます。堂内の文化財の撮影は禁止です。

  • 通常期(2026年4月1日から):一般1,000円、大学・専門学校生800円、中高生600円、小学生200円。障がい者手帳の提示で割引あり
  • 秋の寺宝展の期間中:一般1,500円、大学・専門学校生1,000円、中高生800円(料金表に小学生の区分はありません)
  • ライトアップ:中高生以上1,000円
けあげ蹴上

この項目のミニクイズ

  1. 永観堂の名のもとになった僧・永観が育て、境内の梅の実を貧しい人に施した梅の呼び名は?

  2. 永観堂の本尊「みかえり阿弥陀」(重要文化財)は、どんな姿で立っている?

出典・確認情報

内容確認日:2026年10月22日

更新日:2026年10月22日

  1. 文化庁「国指定文化財等データベース 木造阿弥陀如来立像(見返り阿弥陀)」
  2. 文化庁「国指定文化財等データベース 絹本著色山越阿弥陀図」
  3. 文化庁「国指定文化財等データベース 金銅蓮花文磬」
  4. 文化庁「国指定文化財等データベース 融通念仏勧進帳」
  5. 文化庁「国指定文化財等データベース」(国宝・重要文化財〈美術工芸品〉、所有者「禅林寺」で検索)
  6. 永観堂禅林寺「永観堂のご紹介」
  7. 永観堂禅林寺「歴史年表」
  8. 永観堂禅林寺「みかえり阿弥陀」
  9. 永観堂禅林寺「寺宝一覧」
  10. 永観堂禅林寺「拝観のご案内」
  11. 永観堂禅林寺「お知らせ」(拝観料改定、令和8年度秋の寺宝展・ライトアップ)
  12. 永観堂禅林寺「永観堂への経路」
  13. 永観堂禅林寺「永観堂パンフレット」
  14. 京都市観光協会「京都観光Navi 禅林寺(永観堂)」
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