寺社・文化財

千本釈迦堂(大報恩寺本堂)

檜皮葺の入母屋屋根をもつ鎌倉時代の本堂(千本釈迦堂)を正面から描いた切り絵風イラスト。手前に石造の塔(おかめ塚)と小さなおかめ人形、後ろに西陣の町家の屋根と冬の空

要点

  1. 醍醐寺五重塔など平安時代の国宝建築は郊外にあり、洛中では1227年上棟の本堂が最古

  2. 柱を短く切った棟梁を救った妻おかめの伝説が、おかめ塚と上棟式の御幣の習わしに残る

  3. 六観音像は6体すべてが残る唯一の例で、地蔵菩薩立像を加えた7軀が2024年に国宝

  4. 西陣の中で応仁の乱の火災を免れた本堂は、1950年代の解体修理で檜皮葺の当初の姿に戻った

本堂の建立と形式

千本釈迦堂は、上京区の七本松通今出川上ルにある真言宗智山派の寺、大報恩寺の本堂です。本尊が釈迦如来であることから「釈迦堂」と呼ばれ、寺に現存する唯一の古い堂宇(どうう)です。棟木(むなぎ)の墨書から、安貞元年(1227年)に上棟されたことが分かっています。

京都市内には醍醐寺五重塔(952年)など平安時代の国宝建造物もありますが、いずれも山あいや郊外の寺で、市街地(洛中)に残る建物としては大報恩寺本堂が最古です。鎌倉時代前期の和様を代表する仏堂です。

内部は仏像を安置する内陣と参拝者のための礼堂(らいどう)に分かれ、内陣の四隅に四天柱(してんばしら)が立つ一間四面堂の形式は、天台宗の常行堂・法華堂に由来します。

大報恩寺本堂(千本釈迦堂)の概要

項目内容
指定名称大報恩寺本堂(千本釈迦堂) 1棟
規模桁行五間・梁間六間、一重、向拝一間
屋根入母屋造、檜皮葺
指定1897年12月28日 特別保護建造物 → 1952年3月29日 国宝
附(つけたり)厨子1基、旧棟木3本、棟札3枚

応仁の乱の戦火を免れた本堂

大報恩寺は、1220年(承久2年)ごろに天台僧の義空(1172〜1241年)が釈迦信仰にもとづいて開いた寺です。1235年(嘉禎元年)には天皇の御願寺になりました。

1467年(応仁元年)に始まった応仁・文明の乱では、西軍が堀川上立売(かみだちうり)あたりに陣を置き、上京の町の大半が焼けました。大報恩寺はその西軍の陣地、のちの「西陣」の町の中にあります。寺も応仁の乱をはじめとする度重なる火災で堂宇の多くを失いましたが、本堂だけが残りました。内陣の柱には応仁の乱のときの刀傷や槍傷が残ると伝わります。

1669年(寛文9年)の修理では屋根が瓦葺きに変わるなど姿が変わりましたが、1951〜1955年(昭和26〜30年)の解体修理で各部が建立当初の形に戻され、屋根も檜皮葺になっています。

おかめ伝説と「おかめ塚」

本堂の造営には、棟梁(とうりょう)の妻「おかめ」の伝説が残ります。1223年(貞応2年)に始まった工事で、棟梁の長井高次(ながいたかつぐ)が大切な柱の1本を誤って短く切ってしまい、妻のおかめの助言で、すべての柱を同じ長さに切りそろえ、柱の上に枓栱(ますぐみ)を組んで高さを補いました。

おかめは、女の入れ知恵と知られれば夫の名誉に関わると案じ、1227年の上棟式の前日に自ら命を絶ち、義空上人がその徳をたたえて境内に塚を建てて供養しました。境内東側の塀ぎわにある石造の宝篋印塔(ほうきょういんとう)が「おかめ塚」で、大工の信仰を集め、上棟式の御幣(ごへい)におかめの面を付ける習わしもこの故事から生まれたとされます。毎年2月の節分には「おかめ福節分会」が営まれます。

霊宝殿の仏像

木造六観音菩薩像6軀(く)は、准胝(じゅんてい)観音像の銘文に名が記された肥後定慶(ひごじょうけい)を統率者とする6人の仏師が1224年(貞応3年)に造ったとみられます。聖観音・千手観音・馬頭観音・十一面観音・准胝観音・如意輪観音の6体がすべて残る唯一の例で、光背や台座まで当初のものが残ります。1956年(昭和31年)に重要文化財となり、一具とみられる地蔵菩薩立像1軀を加えた7軀が2024年(令和6年)8月27日に国宝に指定されました。

木造十大弟子立像10軀は、東大寺南大門の金剛力士像を運慶とともに造った快慶(かいけい)が晩年に手がけた重要文化財で、もとは本堂で本尊を囲むように安置されていました。本尊の木造釈迦如来坐像(重要文化財)は快慶の弟子・行快(ぎょうかい)の作で、ふだんは秘仏です。六観音像や十大弟子像は境内の霊宝殿(れいほうでん)に安置されています。2018年には東京国立博物館で大報恩寺の特別展が開かれました。

大根焚きと北野経王堂の遺品

千本釈迦堂では、例年12月7日と8日に大根焚き(だいこだき)が行われます。お釈迦さまが悟りを開いた日を記念する成道会(じょうどうえ)に合わせ、梵字を書いた大根を加持祈祷し、油揚げとともに炊いたものがふるまわれます。時間は10時〜16時で、大根焚きは1,000円です(2026年10月時点)。この両日には、秘仏の本尊も開帳されます。

大報恩寺には、北野天満宮の境内にあった巨大な建物「北野経王堂」ゆかりの文化財も伝わります。5,000帖を超える北野経王堂一切経や、1418年(応永25年)の傅大士(ふだいし)坐像と二童子立像(いずれも重要文化財)がそれです。

行き方と拝観

大報恩寺は上京区五辻通六軒町西入溝前町(七本松通今出川上ル)にあります。最寄りは市バス「上七軒(かみしちけん)」バス停で徒歩約3分。JR京都駅からは市バス50系統、JR二条駅からは55系統、地下鉄今出川駅からは51・203系統で行けます。

開門は9時、閉門は17時です。入山と境内の参拝は無料で、国宝の本堂の外観とおかめ塚は境内から見られます。本堂の内部と霊宝殿は有料で、霊宝殿は16時までに入る必要があります。

この項目のミニクイズ

  1. 千本釈迦堂(大報恩寺)の「おかめ塚」に伝わる話で、棟梁が柱を短く切ってしまったとき、妻のおかめが助言した解決策は?

  2. 千本釈迦堂(大報恩寺本堂、国宝)の屋根は、国の指定データではどう記されている?

  3. 千本釈迦堂(大報恩寺)の霊宝殿にある仏像のうち、2024年(令和6年)8月に重要文化財から国宝になったのは?

出典・確認情報

内容確認日:2026年10月18日

更新日:2026年10月18日

  1. 文化庁「国指定文化財等データベース 大報恩寺本堂(千本釈迦堂)」
  2. 文化庁「国指定文化財等データベース 木造六観音菩薩像 木造地蔵菩薩立像」
  3. 文化庁「国宝・重要文化財(美術工芸品)の指定について 解説」(令和6年)
  4. 大報恩寺「大報恩寺(千本釈迦堂)拝観案内」
  5. 大報恩寺「大報恩寺について」
  6. 京都市上京区役所「上京区の史蹟百選 大報恩寺」
  7. 京都市観光協会「京都観光Navi 大報恩寺(千本釈迦堂)」
  8. 京都市観光協会「京都観光Navi 駒札 大報恩寺(千本釈迦堂)」
  9. 京都市観光協会「京都観光Navi 成道会法要と大根(だいこ)焚き【千本釈迦堂】」
  10. 京都市「京都ミュージアム 千本釈迦堂 大報恩寺霊宝殿」
  11. 東京国立博物館「特別展 京都 大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ 出品目録」
  12. 国土交通省「多言語解説文データベース 大報恩寺(千本釈迦堂)」
  13. 大報恩寺「建造物」
  14. 大報恩寺「年中行事」
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