寺社・文化財

天龍寺と曹源池庭園――嵐山の世界遺産と夢窓疎石の庭

別の表記・呼び方天龍寺・天竜寺・曹源池・曹源池庭園・天龍寺庭園・夢窓疎石・夢窓国師・天龍寺船・雲龍図・加山又造

白壁の大方丈の縁側から、紅葉に囲まれた曹源池と、その奥に重なる亀山と嵐山の山並みを望む天龍寺の庭の挿絵

要点

  1. 造営費をまかなうため、元との貿易を再開した「天龍寺船」を送り、康永4年(1345年)に落慶

  2. 大きな火災は延文3年(1358年)から元治元年(1864年)までに8回。法堂・大方丈・庫裏は明治32年(1899年)にそろった

  3. 天龍寺庭園は1923年に史跡・名勝、1955年に特別名勝

  4. 参拝料は庭園が高校生以上500円・小中学生300円・未就学児無料(2026年10月時点)。法堂の雲龍図は別に500円で、2026年は12月6日まで公開(休止日あり)

離宮の跡に建った禅寺と天龍寺船

このあたりは、嵯峨天皇の皇后・橘嘉智子(たちばなのかちこ)が開いた檀林寺(だんりんじ)の跡地で、のちに後嵯峨上皇が仙洞御所を、さらに亀山上皇が仮の御所を営みました。1255年に嵐山を背にして造られた離宮を、1339年に禅寺に改めたのが天龍寺です。

創建は暦応2年(1339年)で、後醍醐天皇の菩提を弔うため、足利尊氏が開基となり、夢窓疎石を開山に迎えました。尊氏や光厳上皇から荘園の寄進があっても建てる費用には届かず、足利直義は夢窓と話し合い、元寇以来とだえていた元への貿易船を再び出して、その利益で費用をまかなうことにしました。この船が「天龍寺船」です。天龍寺は康永4年(1345年)に落慶しました。至徳3年(1386年)に南禅寺を「五山之上」、天龍寺を五山の第一位とする順位が定まり、この位置づけが長く続きました。

京都五山とは――南禅寺は「別格」、天龍寺・相国寺・建仁寺・東福寺・万寿寺室町幕府と花の御所

8度の大火と、明治以降の再建

広い寺域と壮麗な伽藍は、たびたび火災にあいました。大きなものだけで延文3年(1358年)、貞治6年(1367年)、応安6年(1373年)、康暦2年(1380年)、文安4年(1447年)、応仁2年(1468年)、文化12年(1815年)、元治元年(1864年)の8回です。なかでも文安の火災と応仁の乱で受けた痛手は深く、立ち直ったのは天正13年(1585年)に豊臣秀吉の寄進を得てからでした。文化12年の火災のあと再建を進めていた元治元年には、蛤御門の変で長州軍が寺に陣を置いたため戦火に巻き込まれ、伽藍はまた焼失しました。

明治には上地令で嵐山や亀山を含む境内の大半を失い、今の境内はかつての10分の1にあたる3万坪です。それでも明治32年(1899年)に法堂・大方丈・庫裏がそろい、昭和10年(1935年)にほぼ今の姿になりました。塔頭の松巌寺・慈済院・弘源寺は元治の兵火を逃れています。

天龍寺の大きな火災の回数(世紀別)

  • 14世紀4回
  • 15世紀2回
  • 16〜18世紀0回
  • 19世紀2回
延文3年(1358年)から元治元年(1864年)までの、大きな火災8回を世紀ごとに数えたもの。
1864年の京都・池田屋事件と禁門の変応仁の乱と西陣の名前

曹源池庭園――方丈から眺める池と嵐山

曹源池庭園は、大方丈の西に広がる池泉回遊式の庭で、約700年前に夢窓疎石が作庭した当時の面影をとどめるとされます。池の向こうの亀山と、大堰川をはさんだ嵐山を景色に取り込む借景の庭でもあります。国の指定名は「天龍寺庭園」で、1923年に史跡・名勝、1955年に特別名勝になりました。

方丈から池を望むと、正面に巨岩2枚を立てた「龍門の滝」が見えます。中国の登龍門の故事にもとづく滝組で、鯉に見立てた鯉魚石(りぎょせき)は滝の下ではなく流れのわきに据えられ、鯉が龍へと姿を変えていく途中を表すといわれます。滝組や石橋、岩島を組んだ池庭は、方丈からの眺めを重んじた構成と石組の手法で、室町時代以降の枯山水に影響を与えたとされます。

池の名は、夢窓疎石が池の泥を上げたとき、「曹源一滴」と記した石碑が出てきたことに由来すると伝わります。園池の北岸から東岸にかけては作庭後に何度か手が加えられ、1983年には護岸石組が修復されました。

京都市内の特別名勝

法堂の雲龍図

法堂(はっとう)は元治の兵火で焼けたあと、明治に江戸後期建立の雲居庵禅堂を移したものです。天井には明治32年(1899年)に鈴木松年が描いた龍がありましたが、傷みが激しく、平成9年(1997年)、夢窓疎石の650年遠諱を記念して日本画家の加山又造が新しく「雲龍図」を描きました。

龍が描かれているのは縦10.6m・横12.6mの天井で、厚さ3cmの杉板159枚を張り合わせ、漆と白土で下地を整えた面です。墨で直に描かれた「八方睨み」の龍は、直径9mの二重の円に収まっています。鈴木松年の雲龍図は一部が保存され、毎年2月に大方丈で公開されます。

今どこで見られる?/行き方

天龍寺は右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町68にあり、総門は長辻通に面しています。総門から西へ勅使門・放生池・法堂・大方丈・曹源池と並び、多宝殿の先の百花苑を抜けた北門は、野宮神社から大河内山荘へ続く竹林の小径に出ます。北門にも受付があり、竹林の側から庭園に入ることもできます。

天龍寺の境内と嵐山――総門から曹源池、北門から竹林の小径へ

上が北の模式図。東端の長辻通に面して総門があり、そこから西へ中門・勅使門・放生池・法堂・大方丈・曹源池が東西一列に並ぶ。北西に多宝殿と百花苑、北門があり、北門の外を竹林の小径が東西に通る。総門の南東、長辻通の東側に嵐電嵐山駅、長辻通の南端に渡月橋、北東に JR 嵯峨嵐山駅がある。
天龍寺の境内と、嵐電嵐山駅・渡月橋・竹林の小径との位置関係を示した模式図。建物の大きさや距離は正確ではありません。
  • 電車: 嵐電(京福電車)「嵐山」駅の前。JR嵯峨野線「嵯峨嵐山」駅から徒歩13分、阪急「嵐山」駅から徒歩15分
  • バス: 市バス11・28・93系統「嵐山天龍寺前」、京都バス61・72・83系統「京福嵐山駅前」下車すぐ
  • 庭園(曹源池・百花苑): 8時30分〜17時(受付は16時50分まで)。高校生以上500円、小中学生300円、未就学児無料。2026年11月14日〜30日は7時30分から(庭園受付のみ)
  • 諸堂(大方丈・書院・多宝殿): 庭園の参拝料に300円を追加。8時30分〜16時45分(受付は16時30分まで)
  • 法堂の雲龍図: 1人500円(未就学児無料、庭園・諸堂とは別料金)。9時〜16時30分。ふだんは土・日曜・祝日の公開で、2026年は3月1日〜5月31日と9月19日〜12月6日は毎日公開(休止日あり)
  • 世界遺産「古都京都の文化財」の構成資産の一つ(1994年登録)
あらしやま・とげつきょう・ちくりん嵐山・渡月橋・竹林と川の名前古都京都の文化財と17の構成資産

この項目のミニクイズ

  1. 天龍寺の法堂の天井に、平成9年(1997年)に「八方睨み」の雲龍図を描いた日本画家は?

  2. 天龍寺の造営費をまかなうため送られた「天龍寺船」。途絶えていたどこの国との貿易を再開したもの?

  3. 天龍寺の「曹源池」という池の名は、夢窓疎石が池の泥を上げたときに出てきたものに由来すると伝わります。それは?

出典・確認情報

内容確認日:2026年10月29日

更新日:2026年10月29日

  1. 天龍寺「天龍寺について」(沿革・歴史)
  2. 天龍寺「境内・山内案内」
  3. 天龍寺「雲龍図のご案内」
  4. 天龍寺「参拝・交通案内」
  5. 文化庁「国指定文化財等データベース 天龍寺庭園」
  6. 文化庁「世界遺産推薦書 古都京都の文化財 3(b) 内容説明及び目録 L 天龍寺」
  7. 京都市・京都観光推進協議会「きょうと修学旅行ナビ 天龍寺」
  8. 京都市「眺望景観 天龍寺周辺エリア(町並み)」
  9. 京都市・京都観光推進協議会「きょうと修学旅行ナビ 嵯峨野竹林」
辞典トップへ戻る