八坂神社の本殿と祇園造

要点
幕府の修理を終えたばかりの前の本殿が1646年に焼け、8年後に家綱が再建
祇園祭を担う町の人々が、江戸時代の3度の修理の資金を集め、今まで本殿を維持
祇園造は、内々陣・内陣・外陣と礼堂を一つの大屋根で覆い、両側面と背面に庇を付けた形
正門は本殿の正面にある南楼門。参拝者が多く通る西楼門は境内最古の建造物
2020年に国宝になった本殿
八坂神社は四条通の東の端に鎮座する、疫病退散を祈る祇園信仰の総本社です。今の本殿は承応3年(1654年)に4代将軍徳川家綱が再建しました。その前の本殿は、江戸幕府の直轄事業で修理を終えたばかりの正保3年(1646年)11月18日に焼けています。
本殿は1911年(明治44年)4月17日に特別保護建造物(旧国宝)となり、2020年(令和2年)12月23日に国宝に指定されました。平安時代の建築の空間構成を伝え、中世の信仰儀礼と建物の関係をよく示す建物で、祇園祭を担う人々によって今まで維持されてきました。江戸時代の貞享・明和・文政の修理も、山鉾町や、神輿を担ぐ轅町(ながえちょう)の人々が資金を集めて行いました。
国宝の指定と同時に、境内社の本殿や舞殿・南楼門、境外の御旅所の社殿など26棟が重要文化財に追加され、すでに指定されていた蛭子社本殿・西楼門・石鳥居の3棟と合わせて29棟になりました。
本殿と礼堂を覆う「祇園造」
本殿の中心の身舎(もや)は、奥の内々陣(ないないじん)と前の内陣に分かれ、それぞれの正面に供え物を置く棚があります。この棚の構えはほかに例がありません。身舎の四周を外陣(げじん)が囲み、正面(南)に礼堂が付いて、ここまでを一つの入母屋造・檜皮葺(ひわだぶき)の大屋根が覆います。さらに両側面と背面に庇を付けて広げ、側面の庇は小部屋に分かれています。この形が、一般に「祇園造」とも呼ばれる本殿の形式です。
本殿と礼堂は、もとは別々の建物でした。承平5年(935年)の記録には、神殿と礼堂が別々に記されています。庇を付けて規模を広げるのは平安時代の建築の方法で、この形式は鎌倉時代には成立していたことが明らかです。元徳3年(1331年)に描かれた境内の絵図(重要文化財「祇園社絵図」)にも、今と同じ大屋根の姿が見えます。
神社の本殿としては最大規模とされ、建面積は662.38㎡、高さは15.53mです。同じ国宝の本殿でも、上賀茂神社・下鴨神社は屋根の前側が長く流れる流造、北野天満宮は本殿と拝殿を石の間でつなぐ権現造で、つくりが異なります。
八坂神社本殿(祇園造)を真上から見た模式図
龍穴の言い伝え
本殿は池の上に建っていて、その池は青龍(せいりゅう)の住む龍穴(りゅうけつ)だという言い伝えがあります。鎌倉時代の説話集『続古事談』には、延久2年(1070年)の火災のときに深さを測ろうとすると、五十丈(約151.5m)に及んでもなお底がなかったという話が載っています。池は今は亀腹(かめばら)状に盛り上がった漆喰で固められ、見ることはできません。境内の御神水は、本殿の地下から湧き出る水を汲み上げたものです。
西楼門・南楼門・舞殿
四条通の東の突き当たりに建つ西楼門は、応仁の乱で焼けたあと明応6年(1497年)に再建された、境内でもっとも古い建造物です。1913年(大正2年)に四条通が拡張されたときには、通りの中央に見えるよう東へ6m、北へ3m動かされ、1925年(大正14年)に左右の翼廊が建てられて今の姿になりました。
参拝する人がいちばん多く通るのは西楼門ですが、正門は本殿の正面(南)にある南楼門です。表参道の石鳥居の奥に南楼門があり、本殿・舞殿・南楼門が一直線に並びます。舞殿は祇園祭のときに3基の神輿が奉安される建物で、花街の置屋や近くの料亭から奉納された提灯が掛かります。神輿は境内の神輿庫に納められています。
境外の社殿は、祇園祭で神輿がとどまる四条御旅所(下京区寺町通四条下る)のほか、又旅社(中京区三条通猪熊西入)と大政所社(下京区烏丸通仏光寺下る)にあります。
八坂神社の重要文化財の主な建物
| 建物(棟名) | 建てた年 | 指定の種類と指定日 | メモ |
|---|---|---|---|
| 西楼門 | 1497年(明応6年) | 重要文化財(1911年4月17日) | 四条通の突き当たり。切妻造の楼門 |
| 石鳥居 | 1646年(正保3年) | 重要文化財(1911年4月17日) | 南楼門の前の表参道に建つ明神鳥居 |
| 蛭子社本殿 | 1646年(正保3年) | 重要文化財(1911年4月17日) | 両側面と背面に庇を付けた境内社 |
| 美御前社本殿 | 1591年(天正19年) | 重要文化財(2020年12月23日) | 両側面と背面に庇を付けた境内社 |
| 大年社本殿 | 1654年ごろ(承応3年ごろ) | 重要文化財(2020年12月23日) | 境内社 |
| 絵馬堂 | 1744年(延享元年) | 重要文化財(2020年12月23日) | 大正15年に本殿の西側から移築 |
| 又旅社本殿 | 1789年(寛政元年) | 重要文化財(2020年12月23日) | 境外 |
| 疫神社本殿 | 1823年ごろ(文政6年ごろ) | 重要文化財(2020年12月23日) | 両側面と背面に庇を付けた境内社 |
| 四条旅所本殿(東殿) | 1837年(天保8年) | 重要文化財(2020年12月23日) | 境外 |
| 南楼門 | 1879年(明治12年) | 重要文化財(2020年12月23日) | 本殿の正面にある正門。入母屋造 |
| 舞殿 | 1903年(明治36年) | 重要文化財(2020年12月23日) | 祇園祭で3基の神輿を奉安 |
| 西楼門翼廊(北・南の2棟) | 1925年(大正14年) | 重要文化財(2020年12月23日) | 西楼門の左右 |
| 神輿庫 | 1928年(昭和3年) | 重要文化財(2020年12月23日) | 鉄筋コンクリート造 |
24時間の参拝と本殿に入る祈祷・龍穴詣り
八坂神社は東山区祇園町北側625にあり、京阪祇園四条駅から徒歩約5分、阪急京都河原町駅から徒歩約8分、JR京都駅からは市バス100・206系統で「祇園」下車すぐです。境内は24時間参拝でき、参拝は無料です。社務所の受付は9時〜17時です(2026年10月時点)。境内に駐車場はありません。車いすの場合は、常磐新殿の駐車場から社務所の中を通って境内に入れます。
本殿の内部は通常非公開です。ご祈祷(初穂料8,000円から)を受ける人は、本殿西側の入口から入り、本殿の中の受付で申し込みます。本殿の中を参拝する「龍穴詣り」も随時行われています。
この項目のミニクイズ
八坂神社の西楼門は、どの通りの東の突き当たりに建っている?
八坂神社の本殿の下にある池には、四神のうち何が住むと伝わる?
出典・確認情報
内容確認日:2026年10月19日
更新日:2026年10月19日
- 文化庁「国指定文化財等データベース 八坂神社本殿」
- 文化庁「文化遺産オンライン 八坂神社本殿」
- 文化庁「国宝・重要文化財(建造物)の指定について」(令和2年10月16日 報道発表)
- 文化庁「国宝・重要文化財(建造物)の指定について」概要(令和2年10月答申)
- 文化庁「国指定文化財等データベース」(国宝・重要文化財〈建造物〉、八坂神社で検索)
- 文化庁「国指定文化財等データベース 八坂神社 西楼門」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 八坂神社 南楼門」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 八坂神社 舞殿」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 八坂神社 石鳥居」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 八坂神社 蛭子社本殿」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 八坂神社 美御前社本殿」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 八坂神社 大年社本殿」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 八坂神社 絵馬堂」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 八坂神社 又旅社本殿」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 八坂神社 疫神社本殿」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 八坂神社 四条旅所本殿(東殿)」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 八坂神社 大政所社本殿」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 八坂神社 西楼門翼廊(北翼廊)」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 八坂神社 神輿庫」
- 八坂神社「八坂神社について」
- 八坂神社「八坂神社の歴史」
- 八坂神社「八坂神社の建造物」
- 八坂神社「境内見どころ」
- 八坂神社「お社・ご祭神」
- 八坂神社「令和の祇園感神院復元事業」
- 八坂神社「ご参拝・ご祈祷」
- 八坂神社「境内マップ・アクセス」
- 京都市観光協会「京都観光Navi 八坂神社」
