よみちょうぐみ
町組
別の表記・呼び方上京・下京の町組・惣町・町組改正
ひとことで言うと
町組(ちょうぐみ)とは、道を挟んでできた京都の「町」がいくつか集まり、地域的に連合した自治組織です。16世紀ごろに形づくられ、明治初めの町組改正で再編されるまで続きました。30秒でわかる要点
町(ちょう)が集まって連合した自治組織
16世紀ごろ上京・下京で結成された
明治元年・2年の町組改正で再編
町・町組・惣町という重なり
京都の町(ちょう)は、道路を挟んで向かい合う家々でつくられた生活共同体です。16世紀中頃には、上京・下京それぞれでいくつかの町が連合して町組を結成し、さらにその上に上京・下京の惣町(そうちょう)組織が成立したと説明されています。
戦乱の時代に町組が担ったこと
京都市の資料では、応仁の乱を契機に京の住人が自らの生活を守るため自治組織を展開させ、16世紀中頃に内裏周辺の町が集まって六町を結成し、その後、下京・上京でも町組が結成されたとしています。
上京・下京の人々は、町を基盤として、人夫役などの諸役免除を求めたり、生活の安全や祭を維持したりするために自治的な活動を行いました。生活空間を守る「構(かまえ)」も、やがて町や町組が計画的に築き、維持するようになりました。下京の惣町は、応仁の乱で中断していた祇園祭を再興しています。
明治の町組改正で生まれ変わる
町組は明治元年まで続いた後、京都府によって再編されました。明治元年11月の第一次町組改正では、親町・枝町・新町の区別をなくし、二条通を境に上京45組・下京41組に分けました。
町数の平均化が不十分だったため、明治2年の第二次町組改正では三条通を境に上京33・下京32の計65の町組が成立しました。この町組が番組小学校の単位となり、今の元学区につながっています。
この項目のミニクイズ
読んだ内容を、2問の四択で確かめてみましょう。
京都の「町組(ちょうぐみ)」は、何が集まって連合した組織?
明治2年の第二次町組改正で、上京と下京の町組を分ける境とされた通りは?
出典・確認情報
内容確認日:2026年10月3日
更新日:2026年10月3日
