青蓮院と青不動――将軍塚青龍殿の国宝と、粟田口の門跡寺院
別の表記・呼び方青蓮院・青蓮院門跡・粟田御所・青不動・絹本著色不動明王二童子像・将軍塚・将軍塚青龍殿・青龍殿 大舞台

要点
青不動は平安時代の仏画で、1952年(昭和27年)3月29日に国宝に指定。縦203cm・横149cm
将軍塚青龍殿は2014年(平成26年)10月の落慶。住所は山科区厨子奥花鳥町
拝観料は青蓮院・青龍殿とも大人600円、小学生200円。青龍殿は小学生の個人拝観が保護者同伴なら無料
青蓮院の境内全域が国の史跡「青蓮院旧仮御所」(1942年指定)
なぜ「門跡」と呼ばれるのか――比叡山の青蓮坊から粟田の御所へ
起源は、最澄が比叡山に設けた僧の住まいの一つ「青蓮坊」だと伝わります。平安時代末期、青蓮坊の行玄(ぎょうげん)に帰依した鳥羽法皇が第七王子をその弟子とし、京都に殿舎を造らせて青蓮院と改めたのが、門跡寺院としての始まりとされます。明治に至るまで門主はほとんどが皇族か五摂家の子弟で、三千院・妙法院とともに天台宗の三門跡に数えられます。
第三代門主の慈円(じえん)は『愚管抄』を著した僧で、浄土真宗を開いた親鸞はこの慈円のもとで得度したとされます。境内の北側には、そのとき剃った髪をまつる植髪堂があります。天明8年(1788年)の大火で御所が焼けたときには後桜町上皇の仮御所となり、今も「粟田御所」と呼ばれます。
国宝の青不動――なぜ「青」で、どんな絵か
「絹本著色不動明王二童子像(けんぽんちゃくしょく ふどうみょうおうにどうじぞう)」は、体の色が青黒(しょうこく)であることから「青不動」と呼ばれる平安時代の仏画です。11世紀ごろの作とされ、縦203cm・横149cmの絹に、朱と丹で描いた燃え上がる炎を背にして、剣と羂索(けんさく)を持つ不動明王が岩の上に座ります。1952年(昭和27年)3月29日に国宝に指定されました。
不動明王に向かって右には合掌する矜迦羅(こんがら)童子、左下には棒を構える制吒迦(せいたか)童子が描かれ、3体で三角形の構図をつくります。右目で天を、左目で地をにらむ「天地眼(てんちがん)」のように、左右で違う表し方をしているのも特徴です。高野山の赤不動、三井寺の黄不動とあわせて「日本三不動画」の一つに数えられます。
不動明王は青・黄・赤・白・黒の五色で表されることがあり、青は五色の中心にあたるとされることから、青不動は不動明王の中でも最上位にあると説かれます。もとは宮中でまつられ、平安時代の末に、祈祷の功労として青蓮院に下賜されたと伝わります。
将軍塚と青龍殿――東山の山上にある飛地境内
将軍塚(しょうぐんづか)は東山の山上にある塚です。桓武天皇は和気清麻呂に伴われてこの山に登り、京都盆地を見下ろして都を定めたと伝わります。都の守りとして天皇が塚に埋めさせたのは、土でこしらえた高さ2.5mほどの将軍の像で、鎧と兜をまとい、鉄の弓矢と太刀を手にしていたといわれます。国に大事があると塚が鳴動したという伝説も、『源平盛衰記』や『太平記』に残ります。塚は約20mの大きさで今も残っています。
青蓮院はこの将軍塚を飛地境内として持ち、2014年(平成26年)10月に大護摩堂「青龍殿(せいりゅうでん)」を落慶しました。建物は、大正天皇の即位を記念して北野天満宮の前に建てられた大日本武徳会京都支部の武徳殿で、戦後は京都府の「平安道場」として警察の柔道・剣道に使われていました。京都府が閉鎖と解体を決めたあと、青蓮院が山上に移して建て直したものです。
青龍殿の前には木造の「大舞台」が新しく造られました。延べ面積は1,046㎡で、清水寺の舞台の4.6倍の広さとされます。西の展望台からは遠く大阪のビルまで望めるといわれます。
庭とクスノキ、夜の特別拝観
本院の主庭は、龍心池を中心に粟田山を借景にした池泉回遊式の庭で、室町時代の相阿弥(そうあみ)の作と伝わります。華頂殿の東には、江戸時代の小堀遠州の作と伝わる「霧島の庭」があります。宸殿は、江戸幕府が東福門院の旧殿を移して造った建物です。
門前に立ち並ぶクスノキの大木は、京都市の登録天然記念物です。高さは20mあまり、幹の周囲はおよそ6mに達します。植えられたのは、青蓮院がこの地へ移ってきた13世紀より後と考えられています。
夜の特別拝観(ライトアップ)は、年によって時期が変わります。2025年秋は11月7日〜12月7日に5年ぶりに開かれ、2026年は夏に「青蓮華の夏灯り」(7月17日〜8月23日、大人1,500円・小学生1,000円、本院のみ)が開かれました。次の日程は、その年の寺の案内で確かめてください。
青蓮院と将軍塚青龍殿の見どころ
| 場所 | 何がある | 文化財の種類 | 公開 |
|---|---|---|---|
| 青蓮院(本院)の宸殿・華頂殿 | 東福門院の旧殿を移して造った宸殿など | 境内全域が国の史跡「青蓮院旧仮御所」(1942年3月7日指定) | 9時〜17時、拝観料が必要 |
| 龍心池の庭(本院) | 相阿弥の作と伝わる池泉回遊式の庭 | 史跡の境内の一部 | 本院の拝観で歩ける |
| 霧島の庭(華頂殿の東) | 小堀遠州の作と伝わる庭 | 史跡の境内の一部 | 本院の拝観で見られる |
| 好文亭(本院) | 後桜町上皇が御学問所に使った茶室(1995年に再建) | — | 春・秋の土日祝の特別拝観(1,800円、別に拝観料) |
| 門前のクスノキ | 樹高20m超・幹周約6mの大木が並ぶ | 京都市登録天然記念物 | 門前で見られる |
| 将軍塚青龍殿の奥殿 | 青不動の原本(手前に複製) | 国宝(1952年3月29日) | 9時〜17時、拝観料が必要。拝むのは複製 |
| 青龍殿の大舞台 | 京都の市街を見下ろす木造の舞台 | — | 青龍殿の拝観で上がれる |
| 将軍塚 | 将軍の像を埋めたと伝わる塚 | — | 青龍殿の拝観で見られる |
今どこで見られる?/行き方
青蓮院(東山区粟田口三条坊町)は、地下鉄東西線の東山駅から徒歩5分、市バス5・46・100系統「神宮道」から徒歩3分で、知恩院の北隣にあります。門前の大きなクスノキが目印です。寺のある粟田口は、京の七口の一つに数えられる京都の出入口でした。
将軍塚青龍殿は、三条通の蹴上から五条通へ抜ける東山ドライブウェイの頂上にあり、住所は山科区になります。京都駅からタクシーで約20分、青蓮院から約10分、東西線の蹴上駅から約5分で、タクシーや普通車は福徳門の内側に止められます。青蓮院から東山トレイルの山道を歩くと、およそ30〜40分です。山上の市営駐車場を将軍塚と思う人も多いのですが、青龍殿の門はそこから北へ100mほど行った所にあります。
青蓮院と将軍塚青龍殿の位置(模式図)
- 青蓮院: 9時〜17時(受付は16時30分まで)。大人600円、中高生400円、小学生200円
- 将軍塚青龍殿: 9時〜17時(受付は16時30分まで)。大人600円、中学生・高校生400円、小学生200円。小学生の個人拝観は、保護者同伴なら無料
- 青不動: 原本は青龍殿の奥殿に安置され、参拝者は手前にまつられた精巧な複製を通じて拝みます。毎月1回、満月の日に護摩が修されます
この項目のミニクイズ
青蓮院に伝わる国宝の仏画「青不動」。その原本がいまおまつりされているのはどこ?
「日本三不動画」は、青蓮院の青不動、高野山の赤不動と、もう一つは?
東山の山上に建つ将軍塚青龍殿。この木造の建物は、もとは何だった?
出典・確認情報
内容確認日:2026年10月28日
更新日:2026年10月28日
- 文化庁「国指定文化財等データベース 絹本著色不動明王二童子像」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 青蓮院旧仮御所」
- 文化庁「国指定文化財等データベース」(史跡名勝天然記念物・国宝重要文化財、名称・所有者「青蓮院」で検索)
- 青蓮院門跡「青蓮院について」
- 青蓮院門跡「拝観のご案内」
- 青蓮院門跡「境内と庭園」
- 青蓮院門跡「国宝としての青不動」
- 青蓮院門跡「国宝『青不動尊』」
- 青蓮院門跡「信仰としての青不動」
- 青蓮院門跡「夜間の特別拝観」
- 青蓮院門跡「天台宗 青蓮院門跡」(お知らせ・2025年のライトアップ)
- 青蓮院門跡「茶室 好文亭」
- 青蓮院門跡 将軍塚青龍殿「青不動」
- 青蓮院門跡 将軍塚青龍殿「青龍殿」
- 青蓮院門跡 将軍塚青龍殿「大舞台」
- 青蓮院門跡 将軍塚青龍殿「将軍塚」
- 青蓮院門跡 将軍塚青龍殿「拝観アクセス」
- 青蓮院門跡 将軍塚青龍殿「天台宗青蓮院門跡 将軍塚青龍殿」(所在地・所要時間)
- 青蓮院門跡「将軍塚の由緒」(青龍殿落慶記念 国宝青不動御開帳 特設ページ)
- 京都市「区民の誇りの木一覧(東山区)」
- 京都市「区民の誇りの木 東山区」(解説)
