よみずしとろーじ
辻子(ずし)と路地(ろーじ)
別の表記・呼び方図子・辻子・路地・ろーじ・袋路・トンネル路地

ひとことで言うと
京都では、通りと通りをつなぐ細い道を「辻子(図子)」、奥で行き止まりになる道を「路地(ろーじ)」と呼び分けることがあります。ただし辻子も含めて路地と総称することも多く、はっきりした区別があるわけではありません。30秒でわかる要点
辻子(図子)は通り抜けられる細い道、路地は行き止まりの道とされる
ただし辻子も含めて「路地」と総称し、明確な区別はない
了頓図子町など「図子(ずし)」の付く町名が上京区・中京区にある
京都市の幅4m未満の道のうち、袋路は約4,330本(2011年調査)
通り抜けが辻子、行き止まりが路地
京阪電車の「京都ツウのススメ 第十四回 京都の路地(ろーじ)」(2009年)は、京都では大路・小路をつなぐ細い道を「図子(辻子)」、行き止まりになっている道を「路地」と呼ぶとされる、と紹介しています。読み方は辻子・図子とも「ずし」で、路地は京都では「ろーじ」とも呼ばれます。
ただし同じ記事は、図子も含めて路地と総称するので明確な区別はない、とも書いています。形も直線型、L字型、T字型、かぎ型などさまざまです。「通り抜けできるかどうか」は呼び名の目安であって、名前だけで決めつけないほうが安全です。
辻子と路地、どう違う?
「辻子」はどこから来たことば?
平凡社『世界大百科事典』によると、辻子は十字状の道を意味する平安時代のことば「十字」に由来し、のちに「辻」「辻子」と書かれ、室町時代以降は「図子」「通子」「厨子」なども使われました。10世紀の平安京にはすでに辻子がありましたが、それは条坊制の碁盤の目の道ではなく、新しく開発された道だったとされます。
同事典は、中世の京都では洛中洛外に多くの辻子が開かれて新しい市街地が生まれ、そこにできた地域のまとまりも辻子と呼ばれたと説明しています。また、京都では中世から「辻子」の語が使われ続けたのに対し、江戸や大坂では主に「路地」と呼ばれたとしています。
なぜ京都に細い道が多いの?
京阪の記事によると、平安京の条坊制で通りに囲まれた区画は中心が空き地になりやすく、そこへ入るための道として路地が作られました。路地沿いにも店や家が並び、より多くの人が住めるようになったといいます。貴族の屋敷や寺院が移転した跡地に新しい道が通された例もあります。
京都市の「歴史都市京都における密集市街地対策等の取組方針」(2021年改定)も、骨格となる道路に囲まれた街区の中の土地を使うために多くの路地が形成されてきたと説明しています。袋路を含む細い道に京町家などが連なる町並みは、京都らしい風情の一つになっています。
今どこで見られる?
京都市の通学区町名一覧を見ると、上京区には今図子町、大峰図子町、常盤井図子町、中御霊図子町、瓢箪図子町、元図子町、柳図子町があり、中京区には了頓図子町があります。いずれも「ずしちょう」と読み、辻子が町の名前として残っています。
京阪の記事は、安土桃山時代の茶人・広野了頓の屋敷があった了頓図子、空也供養の道場がなまったとされる膏薬図子、1788年の天明の大火の火元となり、のちに広げられて団栗通になった団栗図子などを紹介しています。京都市のリーフレット「大切にしたい京都の路地選」によると、四条通に面した膏薬辻子(下京区)では、住民が「膏薬辻子式目」という暮らしのルールを定めて町並みを守っています。
同じリーフレットには、建物の下をくぐって奥へ入る「トンネル路地」が市内に多く残ること、「紫野ろーじ」「東寺ろーじ」のように「ろーじ」を名前に使う例も載っています。
数字で見る京都の細い道
京都市の取組方針によると、市内の都市計画区域で建物が立ち並ぶ幅4m未満の道(細街路)は、2011年の調査時点で総延長約940km、約13,000本にのぼります。このうち行き止まりの袋路は、幅1.8m以上4m未満が約2,650本、1.8m未満が約1,680本で、あわせて約4,330本と、細街路の本数の3分の1ほどを占めています。
同方針は、幅1.8m未満の袋路が旧市街地を中心に集中していると説明しています。こうした道に面した敷地は建築基準法上の建て替えや大規模な修繕が難しく、建物の老朽化や空き家の増加につながっている点も課題として挙げています。
京都市内の細街路(幅4m未満)の本数
- 幅1.8m以上4m未満・通り抜け
- 幅1.8m以上4m未満・袋路
- 幅1.8m未満・通り抜け
- 幅1.8m未満・袋路
袋路の防災と、歩くときの心得
京都市の細街路対策事業のページは、行き止まりの道、とくに幅が狭く長い袋路は、地震のときに建物が倒れると安全な避難や救助が難しくなるおそれがあると説明しています。2026年6月時点の案内では、袋路の奥から別の道へ抜ける避難経路の確保や、入口のトンネル部分の耐震・防火改修などに費用を補助しています。
「大切にしたい京都の路地選」では、東山区の六原学区が名前のなかった細街路に名前を付け、「路地=袋路(行き止まり)」「小路=2方向避難可」と呼び分けた例を紹介しています。名前を聞くだけで抜けられる道かどうかが分かる工夫で、昔の辻子と路地の呼び分けにも通じます。
路地の奥は住む人の暮らしの場です。同リーフレットも、袋路は災害時に避難が難しくなることがあり、路地に入るときはマナーを守るよう呼びかけています。歩くときは表の通りから眺めるだけにとどめるなど、住む人への配慮を忘れないようにしましょう。
辻子と路地の呼び分け(目安)
| 辻子(図子) | 路地(ろーじ) | |
|---|---|---|
| 読み | ずし | ろじ・ろーじ |
| 道のつくり | 通りと通りをつなぐ細い道 | 奥で行き止まりになる道(袋路) |
| ことばの歴史 | 平安時代の「十字」に由来し、京都で中世から使われた | 江戸や大坂では細い道を主にこう呼んだ |
| 今に残る例 | 了頓図子町・柳図子町などの町名、膏薬辻子 | トンネル路地、「〇〇ろーじ」と呼ばれる路地 |
この項目のミニクイズ
読んだ内容を、2問の四択で確かめてみましょう。
京阪電車「京都ツウのススメ」によると、京都で通り(大路・小路)と通りをつなぐ細い道は、何と呼び分けられている?
平凡社『世界大百科事典』によると、京都の細い道を指す「辻子(ずし)」は、十字状の道を意味する平安時代のどんなことばに由来する?
出典・確認情報
内容確認日:2026年10月11日
更新日:2026年10月11日
