よみさめがいどおり
醒ケ井通
別の表記・呼び方醒ヶ井通・佐女牛井(さめがい)・佐女牛井町(さめがいちょう)
ひとことで言うと
醒ケ井通は「さめがいどおり」と読む下京区の南北の通りです。国土地理協会や京阪電車の記事は、天下一の名水として知られた井戸「佐女牛井(さめがい)」があったことを由来としています。30秒でわかる要点
読みは「さめがいどおり」、「醒ヶ井通」とも書かれる
名水の井戸「佐女牛井(さめがい)」が由来とされる
佐女牛井は京の三名水の一つで、堀川通の拡幅で消滅した
名水「佐女牛井」から生まれた通り名
国土地理協会の「京都市の通り名 その2」によると、醒ケ井通の名は、名だたる茶人に好まれ、天下一の名水として知られた井戸「佐女牛井(さめがい)」があったことに由来します。京阪電車の「京都ツウのススメ 第174回 京の難読地名」も、名水の井戸「佐女牛井」を由来とする通りとして醒ヶ井通を紹介しています。
通り名は「醒ケ井」「醒ヶ井」、井戸は「佐女牛井」「左女牛井」と、資料によって書き方が分かれます。京都市の通学区町名一覧では「醒ケ井通松原下ル」のように「醒ケ井通」と書かれています。
源氏の屋敷の井戸、茶人の水
京都市の「京都歴史散策マップ13 京都駅北」は、左女牛井(佐女牛井、醒ヶ井)を京の三名水の一つとし、源頼義がこの地に築いた六条堀川邸内の井戸であったといわれると紹介しています。茶人の村田珠光や千利休らも愛用したと記しています。
京阪電車の「京都ツウのススメ 第201回 京都と水」は、村田珠光がこの水で将軍・足利義政に献茶をしたと伝わると紹介しています。国際日本文化研究センターが公開する『都名所図会』の佐女牛井の項にも、足利義政がこの水を愛したことや、井筒に元和2年に有楽が再建したとの銘があることが書かれています。
井戸は消えても町名に残る
京都市の散策マップによると、佐女牛井は堀川通の拡幅によって消滅しました。同マップは、この辺りの区画を佐女牛井町というのはこの井戸にちなむものだと説明しています。通学区町名一覧でも、下京区の佐女牛井町は「さめがいちょう」と読まれています。
この項目のミニクイズ
読んだ内容を、2問の四択で確かめてみましょう。
下京区を南北に走る「醒ケ井通」の読み方は?
醒ケ井通の名の由来とされる「佐女牛井(さめがい)」とは何だった?
出典・確認情報
内容確認日:2026年10月9日
更新日:2026年10月9日
