よみちゅうしょじま
中書島
別の表記・呼び方中書島駅・脇坂中務大輔・中書島の弁天さん
ひとことで言うと
中書島は「ちゅうしょじま」と読む伏見区の地名で、京阪本線・宇治線の駅名にもなっています。伏見区役所の資料は、伏見城下町時代に脇坂中務大輔安治の邸宅があり、中務大輔の唐名「中書」が地名として定着したものといわれると紹介しています。30秒でわかる要点
読みは「ちゅうしょじま」、京阪本線と宇治線の駅名
「中書」は中務の官職の唐名とされる
もとは宇治川で隔てられた島だった
宇治川に囲まれた「島」
京都市伏見区役所の「ふしみ昔紀行」によると、中書島は現在の東柳町・西柳町にあたる地の俗称で、その名のとおり、もとは宇治川によって隔てられた島でした。京阪電車の中書島駅は、伏見区葭島矢倉町にあります。
脇坂中務大輔の「中書」
同じ「ふしみ昔紀行」は、中書島という名は、伏見城下町時代に脇坂中務大輔安治(わきさかなかつかさたいふやすはる)の邸宅があり、その中務大輔の唐名「中書」が地名として定着したものといわれると説明しています。
朝廷の官職を中国風の名前(唐名)で呼ぶ習わしから、中務の官を「中書」と呼んだことが、「ちゅうしょ」という音読みの地名につながったというわけです。
港と花街でにぎわった中書島
伏見区役所の資料によると、中書島は江戸時代、淀川を往来する三十石船や宇治川派流を行き交う船の要所でした。明治43年(1910年)に京阪電車の創業と同時に中書島駅が開業し、大正2年(1913年)には宇治線の始発駅にもなっています。
伏見区役所の「伏見区民史跡・名所めぐり」は、中書島を江戸時代からの花街として紹介しています。また京都市の「京都歴史散策マップ9 伏見 桃山」によると、八臂弁財天を本尊とする長建寺は「中書島の弁天さん」として親しまれています。
この項目のミニクイズ
読んだ内容を、2問の四択で確かめてみましょう。
京阪本線と宇治線が分かれる伏見区の駅「中書島」の読み方は?
地名「中書島」の「中書」は、どの官職の唐名とされる?
出典・確認情報
内容確認日:2026年10月9日
更新日:2026年10月9日
