よみかまんざどおり
釜座通
別の表記・呼び方釜座町(かまんざちょう)・三条釜座・新釜座町(しんかまんざちょう)
ひとことで言うと
釜座通は「かまんざどおり」と読む中心部の南北の通りです。国土地理協会の資料は、梵鐘や茶釜の鋳造を行っていた「三条釜座」があったことを通り名の由来としています。30秒でわかる要点
通り名は「かまんざどおり」、中京区の町名は釜座町(かまんざちょう)
鋳物師の座「三条釜座」に由来するとされる
秀吉の市街地改造で開かれた通りの一つと紹介される
「かまざ」ではなく「かまんざ」
国土地理協会の「京都市の通り名 その2」は、釜座通に「かまんざどおり」と読みを振っています。京都市の通学区町名一覧でも、中京区の釜座町は「かまんざちょう」、下京区の新釜座町は「しんかまんざちょう」と読まれ、「釜座」を「かまんざ」と読む呼び方が町名にも残っています。
梵鐘や茶釜を鋳造した「三条釜座」
国土地理協会の資料によると、釜座通の名は、梵鐘や茶釜の鋳造を行っていた「三条釜座」があり、今も大西家という最も古い釜師が仕事をしていることに由来します。
京都市景観・まちづくりセンターの「釜座町町家の由来と町家修復のポイント」は、釜座町の町名の由来を、釜や鍋、灯籠、釣鐘、農具などを幅広く生産した鋳物師の集団が定住し、この地に「釜座」が形成されたことにあると説明しています。同資料は、隆盛時には70〜80軒の同業者があったと伝えられるとし、京都大仏殿(方広寺)の釣鐘もこの釜座で鋳造されたものだと紹介しています。
秀吉の市街地改造と、今も続く釜師
上京区役所の冊子「上京・史蹟と文化」第24号は、豊臣秀吉が方形の町の真ん中に南北の通りを開いたと説明し、その例として両替町・衣棚・釜座の通りを挙げています。
京都市の「京都歴史散策マップ25」は、室町時代後期から約400年続く京釜師・大西家歴代の茶の湯釜などを展示する美術館を三条界隈の見どころとして紹介し、大西清右衛門が明治時代に千家十職の一つに指定されたと記しています。
この項目のミニクイズ
読んだ内容を、2問の四択で確かめてみましょう。
京都の中心部を南北に走る「釜座通」の読み方は?
釜座通の名の由来とされる「三条釜座」は、何を作る職人の座だった?
出典・確認情報
内容確認日:2026年10月9日
更新日:2026年10月9日
