寺社・文化財

六波羅蜜寺の空也上人立像――口から6体の阿弥陀が出る像

別の表記・呼び方六波羅蜜寺・空也上人立像・空也上人像・空也・令和館・平清盛坐像・六はらさん・空也踊躍念仏

静かな展示室で、痩せた僧が胸に小さな鉦を下げ、鹿の角の付いた杖をついて歩く姿の木像を描いた和紙コラージュ風の挿絵。僧の口からは小さな仏の像が6体、細い線に支えられて一列に出ている。背景には朱塗りの本堂の屋根がのぞき、手前に小さく簡略化した親子連れが像を見上げている

要点

  1. 空也上人立像は鎌倉時代の作で、1917年(大正6年)8月13日に重要文化財に指定

  2. 令和館は2022年(令和4年)5月22日に公開。重要文化財14体を含む17体の像を展示

  3. 令和館の拝観料は2026年10月1日から大人700円、中学生〜大学生500円、小学生400円

  4. 本尊の十一面観音立像は1999年に国宝。前回の開帳は2024年11月3日〜12月5日

951年、疫病をしずめるために開かれた寺

天暦5年(951年)、都に疫病がはやったとき、空也(903〜972年)は十一面観音の像を造って車に乗せ、市中を引いて回り、仏前に供えた茶を病人に授けて、念仏を唱えながら病をしずめたと伝わります。この茶は今も「皇服茶」として正月三が日に授けられています。応和3年(963年)8月には僧600人を招いて金字の大般若経を供養し、夜には大萬燈会を営んで諸堂の落慶を祝いました。寺は初め西光寺といい、空也の弟子の中信が六波羅蜜寺と名を改めたとされます。

空也は醍醐天皇の皇子とされ、諸国をめぐって修行したのち、町なかで「南無阿弥陀仏」を唱えて念仏を広めたので「市の聖(いちのひじり)」と呼ばれました。寺は西国三十三所の第17番札所です。下京区の膏薬図子も、空也供養の道場がなまった名とされます。

辻子(ずし)と路地(ろーじ)

空也上人立像――6体の阿弥陀は何を表している?

空也上人立像は、鎌倉時代を代表する仏師・運慶の四男、康勝(こうしょう)が作った像で、空也の像として現存最古とされます。胸に金鼓(ごんぐ)を下げ、右手に撞木(しゅもく)を持ち、左手で鹿の角を付けた杖をつき、膝を出して草鞋をはいた、念仏を唱えて歩く姿です。こけた頬や痩せた体つきが写実的に表されています。

開いた口からは、針金に支えられた小さな阿弥陀立像が6体並んで出ています。空也が「南無阿弥陀仏」と唱えると、その声が阿弥陀の姿になったという伝承を形にしたものです。

杖の鹿の角にも話があります。空也が鞍馬山にこもっていたころ、心の友としていた鹿を猟師の定盛が射殺したと知って悲しみ、皮を衣に、角を杖の頭に付けて生涯離さなかったと伝わります。定盛は弟子になり、瓢(ひさご)をたたいて念仏しながら京の町を回ったといい、これが今の六斎念仏につながるとされます。

空也の没後1050年にあたる2022年には、東京国立博物館で特別展「空也上人と六波羅蜜寺」(3月1日〜5月8日)が開かれ、この像は東京で半世紀ぶりに公開されました。

平清盛像と運慶・湛慶像――六波羅の寺に残る像

平安時代の後期、平忠盛が寺の塔頭に軍勢をとどめたのをきっかけに、清盛・重盛のころには一門の邸宅が建ち並び、その数は5200余りに及んだと伝わります。寿永2年(1183年)に平家が都を落ちたときの兵火で諸堂は焼け、本堂だけが残ったとされます。六波羅の地名や六波羅探題の話は、平氏の六波羅の項目にまとめています。

経巻を手にした伝平清盛坐像(重要文化財)は鎌倉時代の像で、一門の武運を祈って写経していたころの清盛の姿とされます。運慶と長男・湛慶の父子の坐像は、運慶一族の菩提寺だった十輪院で本尊の脇に並ぶようにまつられていたと伝わり、その本尊の地蔵菩薩坐像(夢見地蔵)は運慶の作とされます。定朝の作と伝わる地蔵菩薩立像は、左手に髪の毛を持つ珍しい姿から「鬘掛(かずらかけ)地蔵」と呼ばれます。

六波羅蜜寺の国宝・重要文化財の像

名称(指定名称)作者時代指定どこで見られる
木造十一面観音立像(本堂安置)—(天暦5年〈951年〉の造立と考えられる)平安国宝(1999年6月7日)本堂の厨子。秘仏で辰年に開帳
木造空也上人立像康勝鎌倉重要文化財(1917年8月13日)令和館
木造僧形坐像(伝平清盛像)—鎌倉重要文化財(1910年8月29日)令和館
木造〈伝運慶/伝湛慶〉坐像(2体)—鎌倉重要文化財(1897年12月28日)令和館
木造地蔵菩薩坐像(夢見地蔵)運慶とされる鎌倉重要文化財(1901年8月2日)令和館
木造地蔵菩薩立像(鬘掛地蔵)定朝と伝わる平安重要文化財(1917年8月13日)令和館
木造薬師如来坐像—平安重要文化財(1959年6月27日)令和館
木造四天王立像(4体)—平安(増長天は鎌倉の補作とされる)重要文化財(1917年8月13日)令和館
木造吉祥天立像—鎌倉重要文化財(1917年8月13日)令和館
木造閻魔王坐像—鎌倉重要文化財(1917年8月13日)令和館
木造弘法大師坐像—鎌倉重要文化財(1938年8月26日)令和館
2026年10月時点。国の指定データで所有者が六波羅蜜寺の像(国宝1件・重要文化財10件)。国のデータには作者の記載がなく、作者の欄は寺や博物館の説明によります。重要文化財の像は合わせて14体で、令和館が2022年の公開時に並べた重要文化財の数(17体のうち14体)と同じです。展示替えがあるかどうかは寺に確認してください。
平氏の六波羅と鎌倉幕府の探題京都市内の国宝の仏像

秘仏の本尊と本堂、年中行事

本尊の十一面観音立像(国宝)は、空也が開創のときに造った像と考えられ、像高は258.0cmあります。ふだんは本堂中央の厨子に納められた秘仏で、12年に一度、辰年に開帳されます。前回は2024年(令和6年)11月3日〜12月5日で、次の辰年は2036年です。本堂(重要文化財)は貞治2年(1363年)の修営で、1969年(昭和44年)に開創1000年を記念した解体修理が行われ、創建のころのものと思われる瓦や泥塔8,000基が出土しました。

8月8日〜10日の萬燈会では、本堂で灯芯による大文字をともし、迎えた精霊は16日の五山送り火で送られます。近くの六道珍皇寺で例年8月7日〜10日に行われる六道まいりと同じく、お盆の精霊迎えの行事です。12月13日〜31日の空也踊躍念仏(くうやゆやくねんぶつ)は、国の重要無形民俗文化財「京都の六斎念仏」の一つとして、六波羅蜜寺空也踊躍念仏保存会が伝えています。泥塔や皇服茶碗など2,163点は「六波羅蜜寺の庶民信仰資料」として、1974年に重要有形民俗文化財に指定されました。

六道まいり京都の重要無形民俗文化財

今どこで見られる?/行き方

六波羅蜜寺は、京阪電車の清水五条駅から徒歩7分、京都駅から市バス206系統で「清水道」下車、徒歩7分です(阪急の河原町駅からは徒歩15分)。開門は8時30分〜16時30分。空也上人立像や平清盛坐像は、宝物館「令和館(重要文化財収蔵庫)」で見られます。拝観料が示されているのは令和館です(2026年10月時点)。

  • 令和館: 9時〜16時15分(受付は16時まで)。2026年10月1日から大人700円(それまでは600円)、大学生・高校生・中学生500円、小学生400円。30人以上の団体は各50円引き、障がい者手帳を見せた本人は半額
  • 本尊の十一面観音: 秘仏。次の開帳は辰年の2036年の見込み
  • 駐車場: 4台分
三十三間堂(蓮華王院本堂)広隆寺の弥勒菩薩

この項目のミニクイズ

  1. 六波羅蜜寺の空也上人立像(重要文化財)を作ったとされる、運慶の四男の仏師は?

  2. 空也上人立像が左手につく杖。その頭に付いているのは、伝承では何?

出典・確認情報

内容確認日:2026年10月28日

更新日:2026年10月28日

  1. 文化庁「国指定文化財等データベース 木造空也上人立像」
  2. 文化庁「国指定文化財等データベース 木造十一面観音立像(本堂安置)」
  3. 文化庁「国指定文化財等データベース 木造僧形坐像(伝平清盛像)」
  4. 文化庁「国指定文化財等データベース 木造〈伝運慶/伝湛慶〉坐像」
  5. 文化庁「国指定文化財等データベース」(国宝・重要文化財〈美術工芸品〉、所有者「六波羅蜜寺」で検索)
  6. 文化庁「国指定文化財等データベース 六波羅蜜寺本堂」
  7. 文化庁「国指定文化財等データベース 六波羅蜜寺の庶民信仰資料」
  8. 文化庁「国指定文化財等データベース 京都の六斎念仏」
  9. 文化庁「国指定文化財等データベース 木造善導大師立像」(新潟・善導寺。解説で六波羅蜜寺の空也上人像に触れる)
  10. 六波羅蜜寺「六波羅蜜寺の歴史」
  11. 六波羅蜜寺「六波羅蜜寺の寺宝」
  12. 六波羅蜜寺「参拝案内・アクセス」
  13. 六波羅蜜寺「六波羅蜜寺の年中行事」
  14. 六波羅蜜寺「文化財収蔵庫『令和館』について」(2022年5月22日)
  15. 六波羅蜜寺「令和館(重要文化財収蔵庫)拝観料改定のお知らせ」(2026年8月1日)
  16. 六波羅蜜寺「秘仏御本尊 辰年御開帳のご案内」(2024年7月1日)
  17. 京都市観光協会「京都観光Navi 六波羅蜜寺」
  18. 京都市「平清盛の京を歩く 六波羅蜜寺」
  19. 東京国立博物館「特別展『空也上人と六波羅蜜寺』」(2022年)
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