よみきららざか
雲母坂
別の表記・呼び方きらら坂・雲母寺跡・叡山電車きらら
ひとことで言うと
雲母坂は「きららざか」と読む、左京区修学院から比叡山へ登る山道です。京都市の歴史散策マップは、花崗岩の土砂に含まれる雲母(うんも)が名前の由来とされると紹介しています。30秒でわかる要点
読みは「きららざか」
花崗岩の土砂に含まれる雲母が名の由来とされる
京都から比叡山への最短路とされた古道
比叡山へ向かう古い山道
京都市の「京都歴史散策マップ21 修学院 北白川」は、雲母坂を京都から比叡山への最短路で、多くの僧や勅使が登った道と紹介しています。同じマップは、曼殊院道を曼殊院や雲母坂を経て比叡山延暦寺へと続く道と説明しています。
京都市歴史資料館の「いしぶみデータベース」によると、左京区修学院音羽谷には昭和33年(1958年)に建てられた「親鸞聖人御旧跡きらら坂」の石標があります。親鸞が六角堂に参詣する際、比叡山との往還に通った雲母坂を示すものとされています。
土砂に含まれる「雲母」が由来
京都市の散策マップは、花崗岩の土砂中に含まれる雲母(うんも)が名前の由来とされると書いています。あわせて、音羽川沿いの登山口に「雲母(きらら)寺跡」の石碑があることも紹介しています。
いしぶみデータベースは雲母寺について、元慶年間(877〜884年)に相応が開いた天台宗の寺院で、比叡山延暦寺根本中堂へ至る険しい山路「雲母坂」の登り口に建立され、明治に入って廃絶したと説明しています。
叡山電車「きらら」の名前にも
叡山電鉄は展望列車「きらら」の紹介で、沿線の雲母坂を修学院から比叡山に通じる登山道で、太平記にも登場する、古くから京都の人々になじみ深い地名だと説明しています。そうしたイメージなどを込めて、列車を「きらら」と名付けたとしています。
この項目のミニクイズ
読んだ内容を、2問の四択で確かめてみましょう。
左京区修学院から比叡山へ登る山道「雲母坂」の読み方は?
京都市の歴史散策マップが紹介する、雲母坂の名の由来は?
出典・確認情報
内容確認日:2026年10月9日
更新日:2026年10月9日
