よみいまぐまの
今熊野
別の表記・呼び方今熊野学区・新熊野神社・今熊野観音寺
ひとことで言うと
今熊野は東山区の地域名で、今熊野池田町などの町名では「いまぐまの」と読みます。東山区役所の記念誌は、今熊野学区の名称は、永暦元年(1160年)に後白河上皇が紀州の熊野から勧請・創建した新熊野神社に由来すると説明しています。30秒でわかる要点
町名での読みは「いまぐまの」、新熊野神社は「いまくまの」
後白河上皇が1160年に創建した新熊野神社が名の由来とされる
東大路通沿い、泉涌寺や東福寺の近くに広がる地域
町名は「いまぐまの」
京都市教育委員会の通学区町名一覧では、東山区の今熊野池田町(いまぐまのいけだちょう)、今熊野椥ノ森町(いまぐまのなぎのもりちょう)など、「今熊野」を冠した町名はすべて「いまぐまの」と濁って読まれています。
一方、地名のもとになった神社は「新熊野」と書いて「いまくまの」と読みます。京都観光Naviも神社名を「いまくまのじんじゃ」としており、地名と神社名で字も濁りも違うのがややこしいところです。
後白河上皇が京に迎えた「熊野」
京都市東山区役所の「東山区八十周年記念誌」は、今熊野学区の名称について、永暦元年(1160年)に後白河上皇が法住寺内に紀州国(和歌山県)の熊野から勧請・創建した新熊野神社に由来すると説明しています。
京都市の「京都歴史散策マップ10 東山 鴨東」も、熊野信仰の念が強かった後白河法皇が法住寺殿の鎮守として紀州熊野権現を勧請したことが神社の始まりで、境内の大樟は熊野から移植された法皇お手植えの神木といわれると紹介しています。京都観光Naviによると、社地には熊野から土砂や木材を運び、霊地熊野を再現したとされます。
能楽ゆかりの地でもある今熊野
京都市の「京都のいしぶみデータベース」によると、応安7年(1374年)、観阿弥・世阿弥父子がこの地の社頭で足利義満の御前で猿楽を演じ、将軍家の後ろ盾を得るきっかけになったとされます。新熊野神社の境内には、これを記念する「今熊野猿楽」の碑が建っています。
同じ記念誌の一橋学区の項は、今熊野池田町のあたりは後白河法皇が造らせた池だったといわれると紹介しており、院政期の名残が町名にも残っています。
この項目のミニクイズ
読んだ内容を、2問の四択で確かめてみましょう。
今熊野の名の由来とされる新熊野神社を、1160年に紀州の熊野から勧請して創建したのは?
東山区の今熊野池田町など、京都市の町名一覧での「今熊野」の読みは?
出典・確認情報
内容確認日:2026年10月9日
更新日:2026年10月9日
